2008/05/15

要注意

それは、あっけなく始まった。いつものように2,3日ぐらいと思っていたが、義母の調子が相変わらずで、祭日開けに医者を呼ばなければならない事態となった、が、掛かりつけの医者は午後からしか連絡が取れない、代理医師は休暇中、非常医師は土、日と夜7時以降でないと来ない。残りは救急車というわけで、静かに来てもらった。総合病院で検査、何処といって特別悪いところはない、急を要するような治療は必要ないとの結果が出て家に帰ってきた。以前と決定的に違うのは、一人で起きれず、当然食事も風呂に入ることも、トイレもいけない。起き上がると眩暈がして倒れると言う。掛かりつけの医者の往診を受けたが、処方箋を置いていっただけ。このような状態をして、特別急を要する事態ではないということらしい。急に始まった老衰症なのか、もし一人で住んでいたらどうなるのだろうか。予定を変更できないウイーンでの会議が重なる、いつもこんな具合に重なるものだ。一泊するのを止め、早朝出発、夜帰る。息子や親戚が来ては何かと面倒を見てもらうが、これは仮の処置、果たしてずっと床生活になるのか、また元気になるのか予測はつかない。医者も分からないと言う。彼女は絶対老人ホームなどには入らないと言うし、そのときがいつか必ず来るとは分かっていたが、いざこうして直面して、少々落ち着かない日々を過ごしている。今日も役所など回って食事の配達サービスの手配などしたところだ。何かと家を空けることもあるし、実際、計画の立てようがないのが実情だが、とりあえずしばらく様子をみながら対応策を考えるいがいにない。
夢も希望も理想ももうずっと親しみのない言葉になって久しい、要注意のランプが点いたり消えたり、こちらのほうも要注意だ。

2008/05/08

ちょっと

ツルハシもセメントも無事墓場に持ち込むことが出来た。車で近くまで入れるか受付で聞いたが無理だった。墓石屋などの車は自由に出入りしているのに、自分で工事をする場合はダメだと。矛盾しているが、めんどくさい。要するに職業の妨害ということだろう、ちょっとした仕事にも、エッと思うような金を払わなくてはならない、その何パーセントかが墓地企業に入るというからくり。セメントを車からバケツで2,3度運んで、古いコンクリの塊を掘り出して、これがまた重くて、新しい金具を水平に取り付けた。2,3日経ってコンクリが固まったら、キリストみたいに十字架かついで。木が土に触れないような施工にした、きっとこれなら数十年は倒れないだろう。もっともその前に……


義母もウイルスによる下痢だったようで、今日あたりは又起きてその存在性を充分発揮している。何処にあっても何かしら抑圧を感じ、本当に開放された時間を過ごす場を持たない人生だが、それでも、この仮住まいの庭に居ると、一時たりとはいえ気持ちが癒される。地下排水管工事の痕が早く消えるようにと何度も芝生の種を蒔いて、毎日水まいて。ベルリンで欲と金の支配するアートの世界を目のあたりにして、一企業の製品と変わらないアートのあり方にうんざりした後だけに、こうした自然に囲まれて土をいじくりながら、本物の意味を考えるのも悪くない。何もかもスピード生産消費、アイデアの世界、ゆっくり物を見つめ、ゆっくり考えるなんてことしてたら、それこそ後ろから押し倒され、潰される。今や、おぞましい風潮のグロバリゼーション化時代の始まり、始まりーといった感じか。

2008/05/07

おうが


一週間あまりのベルリン滞在から帰って翌日、義母が半倒れ、クリスティーネの墓標が本倒れ、あっという間に時間は過ぎていく。ベルリン報告なんて思っていたが、最近の人生はその日の事で一杯で、過ぎ去った日々のどうでもよさそうなことをあえて思い出して書くことには熱も入らぬ、ということが分かった。

それでもちょっと。ベルリンにはノートブックを持参したが、宿泊予定が到着直後に変わりネット通信が使えなかったので現地アップが不可能だった。でも、毎日朝出て翌朝帰ってくるような一週間だったので、結局どう転んでも書けなかったのだが。写真はパノラマ・デジも4メガ分撮ったし、白黒フィルムでも撮った。デジには何もこれといったものは写っていない、やはり旅の写真の域を出ないと言うか。20数年前住んだ街の変貌振りには驚いたが、それ以下でもなく以上でもなく、かつて住んだアパートを訪ねながら、何故ここにやってきたのか、その理由が分からなかった。自分のしている行為がわざとらしく思えて、いい加減いやになってしまった。何かセンチメンタルな甘ったるい気分がわが身に宿っているようなもどかしさと恥じいる思いがしてならなかった。「思い出の場所」を訪ねるということには以前からもある種の疑問を抱いていたのだが、今回それがはっきりした。多分いい思い出ではないと言うのがその理由かもしれないが。


そうそう、今日のこと。壊れた墓標の修理に追われた一日。当時一向に墓石を建てない僕にあきれて、親戚と義母が勝手に建てた木製の十字架、根元の固定ネジが錆びて倒れたらしく、首も折れていて、芝生に残った跡が麦わらカカシのように見えた。今日は色々考えて頑丈な金具を取り付け、防腐ニスを塗って、明日は金具の受け具をセメントで固定する仕事を墓場で。果たしてツルハシやセメントなどを外人が無事に何事もなく墓地に持ち込めるかどうか。それにしても、地下のガレージで横臥する十字架、かなり不思議な光景だった。