
一週間あまりのベルリン滞在から帰って翌日、義母が半倒れ、クリスティーネの墓標が本倒れ、あっという間に時間は過ぎていく。ベルリン報告なんて思っていたが、最近の人生はその日の事で一杯で、過ぎ去った日々のどうでもよさそうなことをあえて思い出して書くことには熱も入らぬ、ということが分かった。
それでもちょっと。ベルリンにはノートブックを持参したが、宿泊予定が到着直後に変わりネット通信が使えなかったので現地アップが不可能だった。でも、毎日朝出て翌朝帰ってくるような一週間だったので、結局どう転んでも書けなかったのだが。写真はパノラマ・デジも4メガ分撮ったし、白黒フィルムでも撮った。デジには何もこれといったものは写っていない、やはり旅の写真の域を出ないと言うか。20数年前住んだ街の変貌振りには驚いたが、それ以下でもなく以上でもなく、かつて住んだアパートを訪ねながら、何故ここにやってきたのか、その理由が分からなかった。自分のしている行為がわざとらしく思えて、いい加減いやになってしまった。何かセンチメンタルな甘ったるい気分がわが身に宿っているようなもどかしさと恥じいる思いがしてならなかった。「思い出の場所」を訪ねるということには以前からもある種の疑問を抱いていたのだが、今回それがはっきりした。多分いい思い出ではないと言うのがその理由かもしれないが。

そうそう、今日のこと。壊れた墓標の修理に追われた一日。当時一向に墓石を建てない僕にあきれて、親戚と義母が勝手に建てた木製の十字架、根元の固定ネジが錆びて倒れたらしく、首も折れていて、芝生に残った跡が麦わらカカシのように見えた。今日は色々考えて頑丈な金具を取り付け、防腐ニスを塗って、明日は金具の受け具をセメントで固定する仕事を墓場で。果たしてツルハシやセメントなどを外人が無事に何事もなく墓地に持ち込めるかどうか。それにしても、地下のガレージで横臥する十字架、かなり不思議な光景だった。