2009/04/17

まだまだ


椎間板が小さくなっているらしい、要するに背骨の一番基の部分にある関節の潤滑部分が小さくなって、骨が直接神経にあたることによる痛み。ほかっておくと慢性ヘルニアになるおそれありと、色々調べて分かった、大変なことだ。
まずはかかりつけの万屋医者の所で症状を説明して、調べてもらってそこでさらに専門医への委託治療書を出してもらう。病気になると、おおむねこのような順番で転々と廻されて最終的には総合病院の最先端治療室にたどり着くことになる。委託書をもってマッサージ治療医を訪ねてみた。スポーツジムみたいな部屋にはそれらしき器具が色々あったが誰もいない。およそ人も少なく大きく開いた窓から庭木に手が届きそうな台所風の事務室に通された。炊き立てのコーヒーの香りが何ともいえないし、もしかしたらと一瞬希望をもったが、もちろんすすめられなかった。カレンダーを一見して30日に来てくれとのこと、2週間も待たねばならないが、まー緊急というわけでもないしこれも普通のことらしい。

困るのは動くたびに腰に痛みが走り何事にも集中出来ないことだ。やっぱりあちこちと中古車なみに故障が出てきているのだろう。でもまだ最先端治療室に直行というわけでもないし、廃車まではしばらく時間があるだろうと楽観している、この春の光のもとでは楽観主義しかないだろう。

2009/04/16

from hour to hour


2009/04/15

drehen



2009/04/14

しゅうり


用事がなく修理工場に出かけることはない。もうすっかりおなじみとなってしまったし、きっとお得意様の一人かもしれない。昨年夏に手に入れた車の修理、買って以来エンジンの冷却水がポタポタと洩れる現象が続いていたが職人の彼らにも場所を見つけることができないまま冬を越してしまった。春の掃除もほぼ片付いて気分スッキリ、ここはほんの些細な気触りも一掃して気持よく「仕事」に取り掛かりたいものだと思っていると、このポタポタが気になりだしたというわけ。イースターの休日を利用して車の下に潜ったりランプでエンジン回りを隈なく調べてやっと漏れている場所を発見した。エンジンに直接触れているゴムのフランジが熱で変形したとのこと、修理そのものはあっという間に終わった。若い息子が担当、もっとも彼が「Vater」とMeisterを呼んだから分かったのだが、やっぱり修理工場の息子は修理職人かと、昨日28歳になった光明のことを思いながら写真を撮った。

さて、これで何もかもと満開の空を仰いだその瞬間腰が……
まったくいやな予感、またもや腰痛が始まった気配濃厚、この2、3年必ず年に一度はやってくる、もはや持病といえるだろうが、一度も専門医に診てもらっていない。場所は明らかに分かっているが、あっという間に修理完了ともいかないだろう。気持よく仕事に取り掛かるためにはこちらの修理工場行きも避けられそうにない。

2009/04/13

kristallspiel



2009/04/12

しゅんみん



2009/04/11

復活祭


初夏ごときの日々が続いている、庭仕事も一向に終わらない。今日は復活祭のたき火の日、でも2年前より禁止となった、処理できない枝の山が庭のあちこちに出来つつある、そのうち業者に連絡して撤去してもらわなければならなくなるだろう。

同時に本来の「仕事」にはまったく手のつかない日々だが、この自然のエネルギーを全身全霊をもって充電するのも悪くはない、そして近いうちに私の復活祭といきたいものだ。

2009/04/05

ひきつぎ


小畠の土起こし作業の日、昨夜のうちにカレーなど下ごしらえをしておき今日の日に備えた。光明だけかと思っていたが彼女のサラも来て手伝うというので腰痛が心配な身としては大変助かった。簡単な作業だが、それでもやり方を知らないと迷うもの、やがて彼等がこうして自分たちの畠の面倒をみる日が来る?のに備えて、一応の手順とキーポイントを伝授した。僕の仕事とといえば腐葉土の運搬や庭用のテーブルの設置など夏の庭の準備、合間にカレーに火を通して胡瓜の即席ゴマ醤油つけなど作っているうちにもう昼。


土起こしは終わらなかった、義母を訪ねる約束の時間がせまったからだ。こうして昨年の夏彼女が親戚の家に引っ越してから、光明は少なくとも週に2度は祖母を訪ねて数時間共に過ごしている、仕事も自由に抜け出ることが出来るらしく、祖母を訪ねた後また仕事ということもよくあるようだ。きっとこんなところは母に似たのではないかと思う。僕は今年に入って一度も義母を訪問していない。

2009/04/04

springlike


何となく気になって調べてみた。確か始めたのは2年前の今頃だったはずとブログの最初を開けると、あっという間に出てきた。もう2年も、というのが実感、書いたものを遡って読むことなどほとんどないので、それなりに興味津々。嘘は書いてない、当時の様々な、たとえば体調や心調、環境状況がいとも簡単にわかる。それなりに有益な愚行にちがいないと確信、はたしてこの2年間に何が変わったのだろうか、強く打たれたものはとしばし目をつぶってみたが、人間不信のショック体験が最初に思い浮かんだ。でも時という良薬を超えるものはない、それすら俗界の出来事の一つとして受け止めるところまできている。

今年の春が遅いのも即座に判明、5ヶ月間点けっぱなしだった暖房ボイラーを4月に入って止めたが朝夕はまだ肌寒く暖が恋しくなる。隣の庭にあるモモの木もまだ花を咲かせていないし、緑の深ささも確かに遅れているが、鬱に陥っていた2年前と違って今年は軽々しい、清々しい春を迎えられそうな予感、これ以上何を望むというのか。

2009/03/29

そこなし

まだ時差ボケに悩んでいるというのに今日から夏時間の始まり、一時間時計の針を前に進めた。これでさらに昼が伸びることになるが、体のほうはこの時間に振り回されっぱなしで、一日の始まりと終わりがはっきりしないような、ずっとだるい気分の平行線を泳いでいるような生活、やっぱり歳とともに復活力が落ちていることを実感せざるを得ない。一念発起して、隣家の道路側に伸びようとしていた木を切り倒した、その仕事を窓の隅からこっそり伺う隣人、気が重いというかうんざりする。


年明けに問い合わせのあった掲載用の原稿依頼が数日前に届いた。一週間以内にプリントをイーストグリニッジの印刷会社に届けてくれと。手元に一枚もプリントはなく、ラボもグラーツにはないし、間に週末が入っているしと困った挙句、友人のところでスキャン、プリントしてもらうことにした。『BLIND SPOT』という雑誌、4月に出版らしく締切ギリギリだと書いてあったが、誠に勝手な言い分で頭にきている。いっそ送るのは止めようとも思ったがそこは我慢、この号のゲスト・エディターが「昔」から僕の仕事を知っているということと、彼が選んだ写真が新鮮に見えたからだ。誰かの話ではないが「まだまだあるのねー」というわけだ。確かな理由などないのだが、選ばれる写真は大抵決まっている。そして何時しか同じものが繰り返し使われる、改めてネガやスライドを見直すことがほとんどないからだ。何時か見すごしたその写真が時を経て息を吹き返しここに現れるということだ。