2008/09/09

つれづれ


ほぼ2か月ぶりにカメラ・オーストリアのオフィスに出かけた、ちょっとした調べ事と東京報告を兼ねて。女性ばかりが6人、カメラ・オーストリアの伝統ともいえるが、男がスタッフとして働いていたことはこの30年間でほんのわずかな期間しかなかった。「女帝」の存在とうまく織の合う男がいないからだろうか、発足メンバーで残っているのは僕も含めて3人、女帝以外は男二人、お互いに歳をとってきたし、後継者のことも考えなければならない昨今、僕の相棒もこの夏病気で5キロもやせたらしいし、最近楽しい話題に乏しい。

老いとか曲がり角は突然やってきてそのまま一気に、なんてことになっているのかもしれないと最近つくづく思う。決して我が身に覚えのあるような現象は、風邪をこじらせている程度で、幸いまだ実感として起きてないと思うが、友人仲間から明るい話を聞くことがどんどん少なくなっていく感じ、ちょっと寂しい。

「健康な精神は健康な肉体?に」とか、嫌いな言葉だが、どうやらそれなりに正しい見解かも知れぬと思ったりする。今、抹茶飴をなめながら臭覚機能をチェックしているところだが、ほんの少しづつ回復しているような気配、病みあがりの勢いにのって来るべき一年に向かって晴れ晴れとスタートといきたいところだ。
少しだけ節目に賭けてみようかと思った一日。

2008/09/08

カメ・


久しぶりに街に出かけた。出かけると言っても家から車で10分足らず、早朝とあって人もまばらなグラーツ駅、かなり田舎風というか、ひっそりしている。駅のカフェでカプチーノを飲むがおいしくない、とにかく鼻が利かない、つまり臭覚がほぼゼロに近い状態が数日続いているので何を食べても飲んでも味なし、まったく味気ない話。当然食も進まず、東京太りが一気に解消、それを過ぎて頬がこけてきたような感じすらする。

今日は役所回り、水道局や市のさまざまなサービス業務支払の名義変更をしてきた。珍しく感じのいい役人に当たり、どれもこれもすんなり事が運んだ。着々と新体制の準備が整いつつあるし、ウイーンではお目当ての森永豆腐は売り切れ、カートンごと予約してきたが、味噌や醤油など基本的な調味料はそろったし、いよいよ今週末にはアトリエに出かけられそうだ。昨年、とりあえず荷物の引っ越しだけ済ましたアトリエ、これからバラバラ保管のままの作品などを整理したりリスト作りをしなければならない。

何をしてもスローテンポ、熱や咳、鼻水はなくなったが臭覚障害ときっと関係あるかもしれない聴覚もいまいちの状態で、体がだるいのが原因だろう。でも、チェックリストの項目が一つひとつ減っていく感じは悪くない。

2008/09/03

かんさつ


快晴で温かい日が続いている、それだけでも随分助かる思いだ。今日は台所の大掃除で一日が終わった。保存食良品はすべて捨てたし、棚も隅からすみまで洗剤できれいにした、これでガも出なくなるだろう。朝一に電気会社に出かけて支払の名義変更もしたし、着々と大作戦も進んでいく。きれいな台所で久しぶりにご飯を炊いて、タイもどきの魚とその出汁でとった味噌汁、やっぱり落ち着く。でも、最後の味噌を使い果たしたし、これで週末のウイーン行きも決定的となった。

明日は冷蔵庫と冷凍庫の掃除と冷凍保存食破棄、合間に役所に出かけて水道、ゴミ処理、家屋税などの名義変更をする予定。グラーツ、強いてはヨーロッパを去るという計画もだんだん遠のくような感じ、正直言って少し寂しい。

昨日深夜、庭に出て花など撮影していたら男が走って来て門の前で、こちらを向いて何か叫んでいた。零時をとっくに過ぎたころ、シーンとしていたところに突如大男の出現でこちらこそびっくり、どうやら数軒上方にある家の主らしかったが、何か光ったので跳んできたという。大きな迷惑、本当に油断も隙もない、夜中ですら観察されているのかと思うと嫌になる。ちょっと様子のおかしな人で、舌が回らないような感じで、話があるので門を開けてくれという。そんな時間ではないだろうと遠方返答でたしなめたが撮影は仕方なく中止、本当に自由にノビノビとはたやすくいかないようだ。

2008/09/02

あすまで


こうしてまた一日が経ってしまった。体調は回復しつつあるし天気もいいし車の調子も今のところ問題ないしと、いいことだけ考えるとこんなにも多くあるではないか!
今日は何をしたかというと、体調と相談しながら一日中家の中の掃除と夕方には春菊の種を蒔いた。義母が不在となってから、タイミングを図ったりとか遠慮とか配慮とかする必要がなくなった。早速居間の絨毯を片付けた、よく滑ったり絡んだりして困っていたが彼女の敷いたも、勝手に撤去は御法度だった。それから台所の普段手の届かない棚の掃除、備蓄食糧品というかとにかく雑食品で一杯。これにもまいっていた、粉とか菓子の袋にガが寄生して夏になるとガの舞に閉口していたからだ。予想通り2003年とか、有効期限のとっくに過ぎた食料品で一杯だった。一次、二次大戦を体験した人、きっと食糧危機意識が抜けきらなかったのだろう、昔も屋根裏や地下には砂糖や塩やジャムなどが大量に保存されていた。冷凍庫もしかり、肉やスープや野菜などがぎっしり詰まっていたし、そのほとんどが冷凍焼けしていた。冷凍庫に入れておけば何年でももつと思っていたのに違いない。


こうして少しづつ一人住まいの環境が整っていくが、何ともいえないわだかまりが消え去ったわけではない。午後に親戚が突然たずねて来た。家にまつわる諸々の支払いの名義変更の説明だった。電気、水道、ゴミ処理、暖房ボイラー油、災害保険、土地税、テレビ視聴料金等など。「家賃」を払う必要はなくなったが、はたしてどれほどの額になるのか見当がつかない。「明日まで生きれれば何とかなる」というこれまでの哲学が通用しなくなるのではとちょっと心配だ。


夜中にひっそりと歩く必要もなくなったし、とにかく暫くはいいことだけ極力強調意識するように心がけよう!
明日まで……

2008/09/01

engels

頭痛と咳をこらえて朝7時半には自動車修理工場へ出かけた。すでに予約をしていたし、早いこと車事を片づけたかった。エンジンオイルとラジエーターの液を新しくして、これで遠出の準備もそろった。ウイーン行きも体調次第だが、この数年来記憶にないほどガタがきているような感じ、でも、写真をアップしてブログを書けるという程度でもある。一気に泥沼に引きずり込まれないためにも、唯一の習慣的行為にちょっとすがるような思いがあるのかもしれない。

行きつけの修理工場、よく知っているということは、それだけ車が壊れるということだが、マイスターと本当に心おきなく話せるまで6年掛った。味方にすればこっちのもの、なんでも正直に助言をしてくれるし、今回もすでに買ってしまった後だが、中古屋の主に電話して、オイルや液を中古屋の負担で交換するように手配してくれた。駆け引きとか、安くさせるとか、まったく下手、大概相手の言いなりの条件で買った後、あれやこれやと後悔するタイプ、要するに交渉下手というやつで、この性格のため人生計り知れないほど「損」をしてきたような気もする。

整備を済まして、アトリエに寄る計画を止めて直ぐ家に帰る。どこからこんなにと思うほど鼻水が出だしたし朦朧状態が続くので、ちょっと横になる。眠いわけではないし、かといって何か読む集中力はなし、いつとはなしに万華鏡に滑り落ちてしまったような感じ、中心がないというか終りがないというか、すがる藁もないようなぐるぐる回りの世界、何か人生の総決算でも強いられているようないやな感じ。


夕方庭に出てみると、この春鉢植えしたENGELSTROMPETE(エンジェルストランペット)が初めて花を咲かせていた。薄黄色の弱々しいトランペットが一つ、85年10月6日、ポツダムで最後となったその写真にもたくさんの黄色いエンジェルが写っていたことを思い出してしまった。

2008/08/31

終了

ついにダウン!
この2、3日その兆候はあったが、とにかくやらなければならないことが優先して、きっと体のほうが今日まで待ってくれたのかもしれない。昨日、東京からの土産と補聴器用のバッテリーを持って、6週間ぶりに義母を親戚の家に訪ねた。5月頃調子が悪くなってから3か月余り、あまりにも速い老いの進みに少し驚いた。新しい部屋は明るく、かつての自分の部屋よりも広くて一見過ごしやすように感じられたが、一人で歩くのは無理らしく、おまけに2階、一歩も部屋を出ることのない日々を送っているようだった。死ぬまで決してアンドリッツの家を出ないと言っていた人、すべてをはぎ取られた今、24時間という一日の営みの中で何をどのように考えながら生きているのだろうかと思わざるを得なかった。

新しい中古車のクーラーのせいかもしれない、チェックのため何度も温度を上げたり下げたり、のどの痛みと頭痛と咳、鼻づまりなどが兆候群、いつもならアスピリン一錠ですぐに治るのだが、今回はそうもいかないようだ。

今日で8月も終わり、一応正式に夏の終わりの日でもあるらしい。あー、とただため息ばかりが出てしまう。もっと熱を出して、雑菌やら雑念やらと脳細胞にはびこるクモの巣をこの際一気に焼き払ってほしい。

2008/08/29

楽園


30度に迫る暑さ、東京を思い出すような一日だったが、湿気がないので過ごしやすい。今日も雑事を一つ一つ片付ける一日となったが、ここにきてジェットラグ現象が現れつつある。夕方になると眠くなって、集中力や気力、おまけに世界観が一気にダウンする。リズムを狂わせないように、ほんの2、3時間と思いつつついタイムオーバー、こうなると深夜に起きてしまうから都合が悪い。


やっと畑を正視できるところまでこぎつけた、でもまだ見るだけ。東京行きの前に植えた野菜ももう命の峠をこえて余力で生きているような状態。きっと雨が多かったのだろうか、トマトも葉にカビのようなものが出ていて、誰も収穫しなかった実が転がっている。オクラはやっぱり一つも実をつけていないし、ブロッコリも茎だけ何とか育ったが実は見当たらない、カボチャも5cmほどの玉一つと、あまりにもさみしい趣味の野菜畑風景。

8月を過ぎると朝夕の冷え込みが野菜にこたえるらしい。ナスやピーマンも新しい花をつけるが、一度何かの拍子に霜でもおりたらすべてが一発で終わる。ふと、来年は霜よけビニールハウスでも作ってみようかと思ったりしたが、でもそんな前向き、未来志向の自分に驚いたのも事実。土質の検査でもして、来年こそ、理想の野菜楽園を!

2008/08/28

にじ

家の辺りは晴れているのに近くですごい雷の音がする。急いでコンピュータを切って外に出てみた。
虹だ!

23日、恒例になりつつある寝させない会会員に見送られてリムジンバスへ、車窓を流れゆく東京風景を眺めているうちに今年の夏も終わった、と一人置き去りにされたような気分に襲われた。お祭りが終わったときのような寂しさと、大役をはたしたあとの安堵感のようなものが入り交じったような、すぅーと気が抜けていくような感じ。

グラーツに帰ってみると、さまざまな課題が待っていた。
僕の帰宅とともに帰ってくると思っていた義母の部屋がおかしい。光明に連絡すると、おばあちゃんはもう家に帰ることはないと言う。留守中親戚宅に住んでいたのだが、調子の良くなる兆候はないというので、残りの人生をそこで過ごすことに決めたという。僕という他人とともに過ごすよりは遠くても親戚のところで厄介になるほうを選んだということだった。この事実をどう受け止めたらいいのかまだ分からない。
ただ、これからこの家に一人で住むことになる。何も邪魔するものがなくなったというのだろうか?毎日少しずつ彼女の荷物が減っていく。気分は晴れない、なにか間違っている、そんなまだかまりが支配している。

帰って早速修理工場へ。車のギヤがおかしいとの知らせはすでに光明から東京の僕に連絡があった。修理する価値なしとの宣告、30万キロ走ってついに寿命に達したということらしい。今日、御苦労さんと一言挨拶をして、新しい中古車に役を代わってもらった。とにかく車なしでは生活出来ない環境、この中古探しにも翻弄されたが、結局最初に見染めた車を、えいっーと一念、買ってしまった。恐ろしいことだ。これから何が起こるか分からない。


あれやこれやととにかく東京過密を上回るような日々が続いていた。時差ボケのこともすっかり忘れていた、というよりもそれどころではなかった故にボケのほうが遠慮したのだろう。ジャングル状態だった庭の草刈りや垣根選定もやっと終わり、車も入れ替わり一応表面的生活環境は落ち着きつつある。まだ畑や裏庭のジャングルが残っているが、来週早々みそやしょうゆの買い付けにウイーンに出かけ帰ってきたら、なにか新しい生活が始まるような気がしている。
ただ、この中古車のようにまったく予測つかない中古人生の新たな節目をむかえるような不安もある。

押しつぶされそうな足取りの重い数日間を過ごしていたが、この虹をみて世界が変わった。
しばらく眺めていると、なにか向こう側に誘われているような諦念感とでもいえるのだろうか、美しい透明な世界に向かって泳いでいるような身体の軽さを感じていた。

2008/08/11

はなび

新しいノートブック、VAIOの使い勝手にまだ慣れていないし、それに新しいマイクロソフトのマイナーチェンジ版Vistaもよくないし、というわけでブログアップもままならない状態が続いている。実は息子たちとの付き合い三昧で夜にはグッタリ、グッスリで時間がないというのが本当の理由。


東京湾花火大会に出かけた。友人のマンションが打ち上げ台のすぐ近くとあって、しかも地上160メートル、花火なしでも素晴らしい眺め、東京湾、羽田から飛び立つ飛行機、ずっとその奥には千葉房総。花火も90分ほどの連続興行、それはちょっと見あきてしまうほどで、きっといかに技術が進もうと新形花火を作るのは難しいのだろう、記憶の中で咲く子供のころのものとあまり変わらないような印象だった。そして、なによりも花火は首を折るようにして見上げるのが一番だ、ということもわかった。


一番の驚きは下方に集まる観覧群衆だった。升目に区切られた見学用の場所に向う勝ちどき駅からの行進のあり様が見事、まさにこれこそ日本軍隊風規律、まるでアリの行列を眺めているみたい、こんなところにも我が民族の個性がでるのだろう。

さて、いよいよ息子たちのアツアツ行脚も最終段階に入った。二人の後姿を追っていると、丁度30年前、クリスティーネと二人で過ごした日本の日々を思い出してしまった。まったく同じ場所、同じ花屋の前で二人を撮りながら、どうか同じようなことにはならないようにと密かに祈った。

2008/08/05

旅中

今日から3泊4日の西伊豆滞在、富士山登頂からくたくたになって帰ってきた光明たち、幸い日の出を拝むことはできたと、写真を見せてもらった。新宿からのガイド付きツアーで出かけたが、もう2度と登る気持ちはないと二人とも口をそろえていう。急げ急げの団体行動、汚い水の出ない行列待ちトイレ、飲料水もままならず、ツアーの食事は務所食よりもひどい・・・頂上では、一息どころか、すぐ下山、それも食事なしで、その情報も事前になしで、朝2時のスープ以来なにも食べる機会なく、午後6時ごろ新宿に帰ってきた。
詐欺ツアーというか、水がないとかトイレの事情とか、詳しく事前に説明するだけでも心構えの準備も違うはず。

いよいよ彼らの日本滞在も後半に入る。自由にしてくれと言われたものの何かと世話をしてしまうが、その世話もどうやらありがたがられているようだし、彼らが無事に帰国の途につくまで楽しい世話事で明け暮れしそうだ。伊豆から帰ったら東京集中講座が始まる。