2007/11/26

延々と



2007/11/23

うそー2


プリンターが逝かれた。今日やっとパスポート写真で苦労の原因がカメラではなくプリンターだと分かった。昔は(10年前)エプソンでまだ珍しいこともあり「色忠実再現」とかのA3プリンターを使っていたがそれも古くなり、最近、色はマーマー、普通のA4プリンターだった。高質画像を試しにプリントしてみたらやっぱり粒子が荒れて、おまけに色むら、説明書どおりに何度もノズルをクリーニングしたが直らない。物は壊れるという真理に溺れ死しそうな昨今、愚痴なし、怒りなしで早速ネットで注文、幸い直ぐ近くにベンリなショップが、30分後には大きな箱を抱えてコマンド室に帰ってきた。日本と違って最新式のとか、全ての機種があるわけではない、直ぐ手に入るものに限定だが質はあまり気にならない。又A3サイズに復帰、canonのix4000というドイツ製、日本では販売してないらしいが、開けてビックリ、10年前のエプソンより相当大きくて、ダサイン、いやダサいデザイン、幸い場所が充分あるので問題ないが、恥ずかしくなるような容姿をしている、まー、性能が第一ということだが。このショップは大変気に入っている。ネットで注文しないと買えない。店に行ってもそこにある幾台かのコンピューターで注文用紙に記入、これくださいでは何もくれない。注文用紙をプリントアウトしてそれを渡すと、奥から品物を持ってきてくれる、何も知らないような少年一人、でもそれで充分。このスピード感がいい。早速のためし焼き一号がパスポート写真、やっぱり「綺麗」、自分の顔ながらやっと何とか満足のいくところまで漕ぎ着けた。これなら合格間違いなしか。



壊れと修理の話が延々と続く。概ね職人の朝は早い、7時過ぎには門のベルが鳴る。まちにまった漏水配管の修理だが、応急手当てだけして直ぐに帰ってしまった。予想通り、そこだけ直しても意味がない、月曜にあらためて、この管だけでもつなぎ目からつなぎ目まで交換しなければならないという、つまりはかなりの壁を崩して。しかしこちらもついにというか、やっと契約内容を完全に満足させるところまで漕ぎ着けた。昨日現場証拠写真と状況説明文書を保険会社にメール、数時間後には「保険の対象に間違いなし」との太鼓判、何かこれだけでも嬉しくなる。もうやけくそでどんどん破裂してくれと願う気持ちもなきにしもあらず、ただし年内に限るが。

2007/11/21

うそー      


昨日の続き、ちょっとサダム・フセインに似ている?S.F.だし。同じ顔でもやっぱり随分変わるという証拠、写真屋でパスポート用ポートレートを撮ってもらったが色が黒くてというか、暗土色で使い物にならない。ポラロイドの肌設定が外人(白人ともいうが、NHK禁止用語かも)用に合わせてあるためだろう。という訳でニコンで友人に撮ってもらったが、これも粒子が目立ちすぎ、うるさくなったチェックに引っかかりそう。「プロ」の写真家とあろうものがたかがパスポート写真一枚でこんなにてこずるなんて。明日再度挑戦。



これこそ本当に「うそー」と言いたくなる話、又壊れた!こんどはいよいよ壁に埋まる給水配管だ。朝、壁が濡れているのに気がついた。魔女の手がついにここまで来たかと、でももう何が起きても平気、家が潰れようが、タヌキに化かされようが、どうにでもしてくれといった心境だ。心臓を直したから給水圧力が上がったためだろう、体と同じで何処か新しくなるとほかが壊れる。ミッキーマウスのアニメじゃないがこっちを塞げばあっちがというやつ。やっと筋肉痛も、腰痛も直りつつあったのにトンカチ作業の再開、原因を突き止めれば後は簡単というわけにはいかない、管に穴が開いていた、つまり切断してねじ山を作ってと、とても素人には負えない作業。いつもお世話になってる近所の人に連絡したが、電話の向こうで「またか」と言ったような気配。まだ一箇所だがこれから順次どこかが沁みてくること筆致、まったく予断許さぬここ掘れワンワン生活が続く。

今日はスイスから撤収した写真の通関処理最終日、ウイーンの代理店に任せていたが18時を過ぎても連絡がない。50万かぁー、支払いも覚悟していた。水漏れとこの支払いで最後の厄払いと思っていた。半を過ぎたころに電話がなる。「支払わなくても結構!」、「うそー」、考えられないこと、だが事実。一足早いクリスマス・プレゼントだと代理店の社長、会社の実績と信用で・・・、などと説明していたが、世の中本当に「誰か」を知っていると誰も知らないの間には大きな差がある。昔作った発送書類を見れば一目瞭然、写真がグラーツからスイスに送られたことの揺ぎ無い証拠、しかし全ての写真を当時スイスで製作したとの偽証書を会社の勧めで税関に送った。玄人にこんなことはばれて当然、偽証罪にもなりかねないところだったが、知る人、片目つぶるだったのだろうか、事実は分からない。御礼に壁に飾れるような写真をプレゼントするつもり。



続けてお墓、いや「オアハカ」(Oaxaca)というところからメールが入った。
Centro Fotográfico Manuel Álvarez Bravoからワークショップへの招待、10日間ぐらい来てくれと。調べてみたらメキシコ南部の地方都市、多分行くつもりだ、来年の早春にでも。数年前にも同様の依頼でメキシコシティーに行ってきた。これも全て写真集のおかげだ。一人歩きしてメキシコの田舎まで、何と素晴らしいことか。前回は病み上がり直後の旅で食事に苦労したが、同行した小林さんと事件多発の楽しい思い出がある。一気に好転とはいくまいが、どうやら運の風向きが変わりつつあるのかもしれない。いやいや油断は禁物、お茶漬けは永谷園。 ちなみにアルバレス・ブラーヴォは1902年メキシコ・シティー生まれで100歳で他界、写真家は長生きするという定説?を見事に実証した人、臀部に包帯を巻いて寝そべる少女の写真を思いだす。

2007/11/20

spur:そくせき


あやうくパスポートの更新を忘れるところだった、これがないと生活できない。70年沖縄に入国するとき作ったパスからもう何冊目になるか数えたことはないが、でもこれ以後3回更新することは多分ないだろう。この機会に一番大事なパスポートをじっくり眺めてみた。84年発行のもの、これにはオーストリア国での永久滞在許可証が記載されている、必ず現行のものと2冊のパスポートを持って海外に出なければならない。

84年といえば一家でドレスデンに引っ越した年、それから3年間東ドイツで生活することになるのだがこのパスポートのおかげで国境の出入りの日付と場所が一目瞭然、といってもスタンプの山ではっきり解読できないものが多いいが。とくに85年東ベルリンに移動してからスタンプの数が一気に増えた。ついにスペースがなくなり増刷をしてもらったほどだ。食品を購入するため頻繁に西ドイツに出かけたのがそのおもたる理由、およそ考えられないような厳重なチェックを受けた、その名も「Checkpoint Charlie」。



今でも自分の写真を撮る習慣はない。最近何かのついでに撮ってもらうことが増えたが昔の写真で確実に年代が分かるのはパスポート写真、これが!!という驚き。やっぱり庭の木と一緒で年輪こそ見えないがコケがはえたりヒビがでたり荒れたりと随分変わるものだ、人の顔とは。きっとクリスティーネに撮ってもらったものだろうか、平家蟹の甲羅のごとく苦虫をつぶしたような顔、その当時の生活が顔に出ている?



そんなわけで今日はカメラ・オーストリアの展覧会準備中にデジカメを渡してサッと撮ってもらった、便利になったものだ。早速家で必要サイズに処理してみたものの、この顔でこれから10年通すのかと思うと、ちょっと、という気分。まー、もともと自分の顔が気に入っているわけではないので仕方のないことだが、気になって大使館に問い合わせたら「ひも付き」はいけないことだという。丸みを帯びた顔も気に食わないし、デジカメの広角レンズの効果だと勝手に思っているが、いずれにしろ明日にでも一眼レフの標準レンズで再撮影。しかし自分の顔とはやっぱり不思議なものだ。次の更新時には67歳!もう完全に老人だ、まー、生きていればのことだが。

2007/11/19

初雪ではなくて

2007/11/18

心機一転中


久しぶり!国籍不明のモニターを昨日入手、これもネットで簡単注文、息子の勧めで彼と同じものを。フォトショップで正確な色補正などするには向いていないかも知れないが、印刷原稿を自分で作るわけでもないし、22インチの大きさと薄さに感激、机に座るのが楽しくなってしまう。wordファイルが2つ楽々同時に見れるという便利さ、これならクオーク使って写真集レイアウトもずいぶん楽になりそう、なにかムズムズ、もう直ぐにでも何か作りたい気分だ。

3日前に「無事」スイスから作品を積んで帰ってきた。色々予想通り予測できない動きとなり、結局税関処理を受けずにグラーツへ。来週ウイーンでの税関チェックがあるが、通関処理を一任した会社の社長によると7:3の確立で50万円ほどの税金を払うことになるらしい。7と言うことだからほぼあきらめているが、それでも気分はスッキリ、とにもかくにも夏からの長引いた諸々作業、工事が完了することになる。



旅路といえば危機一髪の連続、昨日はウイーン周辺で何百台という車が一夜大雪で動かなくなった、今日は誰の責任かと政治問題にまで発展、スイス行きもかなりそれに近い神風走行だった。数年ぶりの友人宅寄宿で魚料理をしたり、いやなミッションのおかげで色々楽しい思いもしたと、自分には珍しく性善説てきな受け止め。これだけ色々と苦難をなめた後、必ずいい事が待っているに違いない、と密かに願っている。

とりあえず少しずつ静かな冬の長夜を楽しむ体制が整いつつある。ただいま一番心配しているのはオシム監督の病状、倒れてから病院に行くまでに一時間、それもフランス経由の電話でと、異国であったが故に大事に至る可能性があると思うと怒りというか悲しさで胸が痛む思いだ。

2007/11/09

工事終了!

きのうついに暖房循環系の余水タンクの交換を最後に全ての工事が終わった。足腰ガタガタ、3ヶ月間の疲労が抜けない、息つく間もなく明日からスイスへ。天気予報は最悪、雨と雪、一気に700キロはキツイと判断、予定を変更して明日サルツブルグまで出かけ、そして日曜にミューへンを経由してスイスに入ることにした。インスブルック経由は避けた、峠を幾つも越えなければならず、大雪でも降ったらお手上げだ。とにかく長時間運転に自信がないし、鳥目?かも、暗くなるとよく見えない。複雑な税関処理が待っていると思うと、出かける直前になっても重い気分が変わる気配まったくなし。

話せば長くなるが、400点!あまりの自分の写真をスイスからグラーツに移動するのが今回のミッション、スイスがEC共同体に加盟していないために、通関処理をしなければならない。作品はほとんどが95年にWinterthurの美術館での個展で展示したもの、それがN.Y.の契約ギャラリーに転送され、そこでさらにスイスのギャラリーに移転、このギャラリーが昨年倒産、N.Y.からスイスに戻された作品が入管処理されたために、国外に、つまりオーストリアに取り戻す、というはなし。自分の作品であるにも関わらず輸入税を払わなければならない。

90年半ば頃からいくつかのギャラリーと契約、共同作業をしてきたが、いずれも最悪な状態で関係をきるという経験をしてきた。人を、個人を信用しての結果だけに、「ギャラリー」という言葉のイメージはどんどん悪くなっていく。裏切られる、というのが常だ。何時の場合も泣き寝入りするのは作家と限っている。僕だけかと思うと、どうやらそうでもないらしい。今詳しく立ち入って話す気持ちはないが、いずれ落ち着いたらこの辺のことをも、と思っている。今回の回収作戦も本来全てギャラリーの履行範囲に入っているのだが、倒産、つまり会社が存在しない、責任者が不在、ということで一切を本人がするしかない。国際的に作品がますます商品化していく中で、作品を売らなければ生きていけないアーティストにとって「代理店」は欠かせないものになっているようだが、痛し痒しといったところか。現在もドイツのあるギャラリーから誘いがあるのだが、返事を書かずにいる。

長期の放浪の間に作品データは散逸、税関書類と作品内容が一致しないという大問題を抱えてのスイス行き、必ず14日には帰ってくる予定だが、如何なる結果となるかまったく想像できない。しかしこれさえ済めば何とか色々あった一年も終わり、晴れて正月を迎えられるだろうという一抹の希望もある。

2007/11/02

endlich:ついに


久しぶりに目覚ましに起こされる、寝付けない日が相変わらず続いているので7時起きはキツイ。しかし今日は待ちに待った遠足、ではなく我が家にとっての大工事の日、約束どおりキッカリ8時にブザーがなる。ブルとショベルが一体となったような、まるでプラモデルのロボットを大きくしたような機械と工具一式を伴って2人の青年が現れる。まずは現場検診、勾配レベルを計って早速溝堀、レーザー計器の威力に関心、機械にしろ測量器にしろ最新ハイテック、ガンダムもどきの手は角度も自由自在、二人でとんとん拍子。一昔前は外国人のシュバルツ・アルバイター(無届出稼ぎ労働者)を使って人力シャベルで溝を掘る光景をよく見かけたものだ、もちろん税務署を迂回して、現金払い。最近経済警察の監視が厳しくなっているらしい。工事の進捗を見計らって目の細かい砂利や仕上げ用の土を満載したダンプが、同時に掘り起こした土を撤去、とにかく手際よいというか無駄がない。昼食はと聞くと時間がないのでと、お茶とパンでほんの休憩程度、これまたナイスタイミングに届いた管をつなぎ合わせて土を戻してと、5時を過ぎた頃には工事終了!二日ぐらいはと予定していたので喜びも一入。工事の合間をぬって屋根裏の煙突周りの壁の修理もしたし、いよいよ残るは余水タンクの交換のみ。


気分爽快と言いたいところだがまた壊れかけているものが…。2日ほど前から腰が痛い、3年前にはこうして始まった痛みが一ヶ月ほど続いた。ベットからサッと起きることすら出来ない、両手でゆっくりバランスとって上半身を持ち上げるようにして起き、くの字徘徊といった具合。ちょっといやな予感、まさか最後に自分が壊れるなんて冗談もきつすぎる。

2007/11/01

endloser kampf:終わりなき戦い

今日はAllerheiligen、キリスト教の万聖節、日本で言えばお盆みたいなものか、亡くなった人を偲び墓参りをする日らしい。最近暦を見てない、「今日の予定」ではコンセントを買ったり、冬タイヤに交換することになっていたが朝新聞で祭日と分かる。


10月一杯で排水管工事以外は全て終わるつもりでやってきたが、今日も昨日に続き一日汚れ仕事に終始、もうほとんど信用してもらえないかも知れないが、また壊れ物。いよいよ最後の部屋、もっとも義母の部屋を除いてだが、トイレの壁修理と塗り変えと棚つくりにかかった。そこには暖房循環で熱によって膨張した余水を貯めるタンクが天井に設置してある。淡い青緑の壁にと作業始めたが、タンクの支え鉄が錆びている、ちょっとドライバイーで「触った」らタンクに穴が開いてしまった。急いでバケツ、テープとかシリコンとか色々やってみたが当然塞がるはずなし、ポタポタも一夜でバケツから溢れそう、暗室からジョウゴ、それを仮に括りつけホースを繋げて洗面台にと何とか仮処置。夏から世話になっている近所の水周り工事の専門家に電話、来週交換してくれるとのこと。もう最後にしてくれと言いたくなる、魔女の遠隔操作がまだまだ続くのかと恐ろしくなる。とにかく色塗りも何とか終了、新しい棚も作って見違えるように明るくなった。色の効果、なにかトイレが一番って感じ。



昼抜き夜もパンのみで働き通し、一息ついた頃初めて排水管工事会社から電話、明日朝8時に来るという、いよいよ作業開始!かれこれ3週間も待ち続けたことになり、ほかの会社をと考えていた矢先だった。11日にはスイスに、かなり面倒くさい準備が必要、リストのチェック、持参する写真のチェック、肝心なのは嫌いな遠距離走行に向けて何とか気分を変えなければならないこと、考えただけでもうんざりする距離、ヒッチコックやシャーロックホームズの探偵CDを忘れないように。

冬時間になってから文字通り夜が長くなった、闇と静寂がたっぷり、久しぶりに本でも読みたくなる気分だが、数日の頭の体操日々から又肉体労働日々に戻ってしまった。何とか今週中に全てが片付くことを切に祈る思いだ。魔女様、もうそろそろ許してください、か。僕ほど長年に渡って日々亡くなった者を想っている人もないだろうということで今日の墓参りはなし、コンスティー君、親父と妹とクリスの写真、赤い蝋燭をともし線香をあげて彼岸の彼らを想った。

2007/10/27

ahorn:かえで


最近手作業を離れ頭の体操にモード切り替え中、ちょっとupから遠ざかっていた。丁度ドイツからコレクターが訪ねて来ていたりとあっという間に時が過ぎた。今回もアトリエ存在効果十分、広々とした所で新しいプリントを見せ、コレクターも多いに満足、これでまた一件落着、そしていよいよ庭の楓を切るところまできた。来週から配水管工事も始まる「予定」、今日しかない、日曜に騒音を出してはいけないという法律があるからだ。芝刈りも垣根の剪定も、とにかく音の出る器具を使うことは許されない、大声で叫ぶのもしかり。タコの脚のように根元から八方に伸びる主軸木を電動のこぎりで切る作業、丈がかなりあるので公道や隣家の庭に倒れないようにしなければならない。段梯子を一杯に伸ばし、最上段でさらに背伸びをしてロープを出来るだけ高い位置に括る。根元から切ると長すぎるので途中から切らねばならない。梯子に仁王立ち、両手で電動ノコをもち意図した方向に倒れるように切込みを入れる、しかもその場で切断してはいけない、ある程度残しておいて梯子を降りて遠くからロープを引っ張る。これが一応木を切り倒す手順、しかし電動ノコのコードが足元に絡んだり、不安定な梯子の上で適当な角度に切り込みを入れる作業は意外と難しくかなり危険、ちょっと間違えば指などすっ飛んでしまうし、切込みをしすぎると勝手に倒れてその跳ね返りをもろにくらうことになる、想像しただけで血の気が引く。手伝っていた光明が時折叫ぶ声を聞いてやっぱり隣家の主人が顔をだした。四方の隣家でも一番気心知れた人、ロープ引きに自由参加、たかが落ち葉といっても少々気にはなっていたのだが、主人も切り倒すことに大賛成。いよいよ最後の一本に、これが燐家の庭先まで伸びている難物、おまけに一番太い、ロープ、切り込みと少し慣れたのがいけなかった。切ってい る最中に意図していた方向と反対側に、つまり燐家の垣根に被さるように目の前で倒れてしまった。ロープの力などとても及ばない、鼻の頭をかすめるように、ま さに危機一髪だった。本人としては二人の「危ないー」という大声のほうにより怖さを感じたが、とにかく無事終了。もっとも脚を切られたタコみたいにまだ本体が残っ ているが、夕闇迫りで作業は中止、続きは月曜となる。土曜、日曜には家の上空を飛来するヘリコプターが増える、一様に山の裏手にある総合病院に向かっている。週末の素人作業で大怪我をする人が多いためだ。


明日から冬時間、深夜3時に短針を一時間逆まわし、そしていよいよ本格的な冬の到来にそなえることになる。気分としては「冬よ、僕に向かって来い!」といった感じか。