光明とサラはもうすぐ8合目で無理やり起こされる時間か、僕は眠れずいろんなことが錯交していて、休みたいという体の意思に勝ってぐつぐつと煮え立つお汁粉みたいな脳味噌のために、でも、なんとそれ故にか、来日以来駄目だと思っていたブログ用の図版を作る(サイズ縮小)方法を突然今思いつき、ベットから飛び出したところだ。朝の2時すぎ、勝手に人心を逆なでするような、針金ブラシで髪を鋤くられたような扱いを受けて、そのかたには相当頭にきてはいるのだが、それも相手に期する心、信頼感情をチャラにしてしまえば、逆に哀れみの情すら生まれるのだからと見切りをつけて、もっともっと大事なことを、今しるしておかねばならない心のうねりを何とか露にしようと言葉をひろいだしたところだ。
あちら側を見る人、とる人、あちら側へ行こうとしている人、呼ばれている人。
今、この時間にこの身体をここに置いて動かしていることだけが生の唯一の実感と証拠であると改めて認識する、それ故に内縁を滴る哀涙、陽炎のような生の実体一瞬を今ここに留めておこう、2008年の今日のこの時刻に。
言葉を重ねるほど世界が遠のいていく、未熟児の悲しさ、仕方ない。









