2008/04/29

伯林


死んだ(殺した)と思っていた楓から芽が。庭に出てはその無様な姿を目にする度に、本当に申し訳ないことをしたものだと思う日々だった、たかが木とはいえ。僕はべつに物事擬人化癖症ではない。とりわけ毎年今頃、燃えるような?若葉をまとってこの辺りでもその偉容壮麗さを誇っていただけに、無念の思いも強かった。度あるごとにぐるっと回っては、生きてる証を探していた。最初に10センチほど残っていた細い枝の切口手前の小さな枝先が俄かに緑がかってきた。それが急にこの暖かさで開きだし、何もなかった所からも次々と芽を吹き出した。瀕死の状態から見事に生還、ただ、根元から2つに分かれていたもう一方のほうは、どうやら「あちら側」へ行ってしまったようだ。代わりにと植えた2本の椿は、もうほとんど葉が枯れて葉緑素新陳代謝不全症にある、まだ完全に息の根が止まったようでもないが、生き永らえたとしても今年の冬を越せないに違いない。

畑準備も終わり、4月も終わりということで、1/3年間の雑事整理、もう4ヶ月も経ったのだと思うと急に心細くなってしまう。貴重な時間の代償に何をなし得たのだろうかという疑問がわいてくる。駆け足でやってくるお迎え様の足音がどんどん大きくなってくるような感じ、ゆっくり一つのことになんて悠長に構えている場合じゃない。とりあえず大事なものだけ抱えてこちらも早足で、でも追いつかれる前に作らなければならない大事なものがまだある。やっぱり同時に色んなことしないと間に合いそうにないかも。

明日から5日までベルリン、荒木店でもちょっとひやかして、23年前ゆかりの地・場を訪ねてみようと思っている。木へんで始まり木へんで終わり、最近、漢字の面白さに芽生えてきたような感じ。

2008/04/27

ぎほう


最高の日曜日、でも天気だけ。計画通り畑の土起こし、最低なのは一人で始めなければならなかったことだ。今日と約束しておいたのに、光明はすっかり忘れていて、会社?に行く予定を立ててしまったという。日曜に仕事と思ったが、一定の時間、能力提供して報酬を得ているので、いつ出かけてもかまわないらしい。人が居ないほうが仕事がはかどるから週末がいいと。タイムコーダーなどなくて、働いた時間は自分で記録しておくだけだという、信じられないようなシステム、最高。昔なら苦情を飛び越えて怒りをぶちまけたのに違いないが、最近至って穏やか、世の中、どう転んでも、そのように仕向けられていたのだと思うようになった。90をとっくに過ぎた義母はもう何年も前から土起こしは出来なくなったが、気になるのだろう、やっぱり台所の窓の奥から見え隠れしてこちらを盗眺している。またヒッチコックを思い出してしまった。日曜百姓の楽しさ、遠足気分が一気に失せる。案の定、一時おいて出てきて、草むしりでもしようか、と。手伝うと言う配慮がそうさせるのだろうが、勝手に休みたいときに休んで、時々写真でも撮って、カラスを待ってと、要するにマイペースで楽しい一時を過ごしたいというこちらの意向とまったく合わない。何とか丁重に断って身を引いてもらって、気分のたてなおし。始める前から後ろを眺めては残り面積の目計り、猫の額ほどとはいえ、第一堀りまでしばし、決心と言うか、決行の意を最高潮まで高めないと、という感じ。


半分ほど終わった頃には、肩や腰が痛くて、手には豆、バナナ2本じゃエネルギー補給にもならずで、作業の打ち切りとする、明日の午後には光明も出かけてくる、若い力に頼ることにしよう。でも、一緒に仕事をしながら、ある技法を手にとって教えることは人類永続のためにかなり重要なこと、僕は現役を引退した親父が始めた畑仕事を手伝いながら覚えた。たかが土起こしといえども、そこには長い人類の進化の歴史が背景にあることは揺ぎ無い事実。


今日の成果を眺めながら一服していると現れた。約束のカラス、これも2羽、夫婦かもしれない。いつかずっと前に気がついたことだが、どうした訳か僕が撮ってきた動物や人など、対のものが多いいということだ。
今度はその辺の現象をフロイト爺さんに話したら、面白いことでも聞けそうだ、もっとも、彼ももういないが。オーストリアをナチに追われてロンドンへ、タバコ(葉巻)の吸い過ぎで癌に犯され、最後はモルヒネで安楽死(自由死)を選んだ。突如、「日本」のマスコミを賑わしている洗剤死に正直なところ非常に驚いている。新世紀日本文明が生んだ犠牲者とその自由死の術、手にとって教えるわけにはいかない技法。

2008/04/25

れんそう


すっかりおなじみ?の夫婦、いや2羽の鶏が久しぶりに遊びに来た。でもこの仲の良さはどう見ても夫婦、つまり男と女、でも飼い主は卵をほしいがために飼っているはず、だとすると、何もしなくても卵を産む雌2羽ということになるのか。隣には何羽も居るのだが必ずこの2羽だけが対になって出かけてくる。同じように見えてもよく観察するとやはりそれぞれ違う。鶏どうしでも、仲のいいのと悪いのとあるという確たる証拠。その辺もちょっと調べるとはっきりするのだろうが、それでは夢がない。動物行動学者であったオーストリア人、コンラッド・ローレンツは丁度僕がウイーンに移住した年にノーベル賞をもらった。特に有名なのはカラスや鴨の観察研究、彼に聞けば一発、もっとも1989年に亡くなっているが、でもこうして勝手に間違ったことでも色々想を巡らすのも気分転換、悪くない。

最近隣家からの卵の差出回数が多くなった、それが理由かどうか分からないが、数日前に隣人は「我が家」と接する区画をとりまく金網の柵の修理をした。いつも壊れたところから出入りしていたためだろうが、一箇所や二箇所ではない、とにかく僕が住みだした頃からあった柵、ほぼ全域に渡って直したようだ。
そして今日また来ている。当然開いてるのは彼らにしてみれば一番遠い、しかも公道を経由しなければ入れない敷地への入り口門ということになる。こればかりは柵で塞ぐわけにはいかない。どうしてそんなことが彼等に分かるのだろうか。犬や猫などとはかなりお頭が軽い動物だと思っていたが……、と同時に鶏を食べるのが、ちょっとと思う気持ちにもなった。猫や犬を食べようとは思わない、憐憫の情というやつだろうか。

ローレンツ爺さんが好んだカラスもこの辺では我が家を一番よく訪ねてくる。彼らもオーストリアでは珍しいおいしい餌がいつもの場所にあることを知っているからだろう、アラスカ産の鮭の骨とか、鯖の頭、鰯のはらわたとか。今度はそのカラスでも紹介しようか、なんて思っているうちに「カフカラス」という東京のからすの写真を撮った中国人の女性を思い出した。そして、もちろんからす天国、歌舞伎町のことも。

 秋田県大館市の食肉加工・製造会社「比内鶏」(破産手続き中)が比内地鶏製品を偽装していた問題で、県警は一両日中に、藤原誠一元社長(77)ら同社元幹部数人を詐欺と不正競争防止法違反(虚偽表示)の疑いで逮捕する方針を固めた。Click here to find out more!
 捜査関係者によると、藤原元社長らは2004年以降、卵を産めなくなり、仕入れ価格が1羽数十円と安価な「廃鶏(はいけい)」と呼ばれる雌鶏(めんどり)を使った加工品を、比内地鶏の製品と偽って高値で取引先に販売し、数百万円以上をだまし取った疑いが持たれている。

(2008年4月26日03時16分 読売新聞)

2008/04/24

収穫とは

午後7時59分にウイーン空港を発った、とある。Fedex便追跡調査の話、これで当地での夏グループ展準備が完全に終了。思考時間は別として、実際に労力を費やし続けた期間が3ヶ月あまり、公に表現するのには大変な労力を必要とする。労働に対する報酬は何だろうか。これで展覧会の90パーセントは終わったようなもの、あとは会場で設営をして、一人ゆっくり見て回って、その場で直ぐ分かる成功したか失敗したかの結果を待つだけだ。ある雑誌の掲載も8月出版号というのに、全ての原稿が昨日東京に届いたとの連絡が入った。次号準備でてんてこ舞いの編集長も早すぎる原稿にきっと迷惑しているに違いない。こんなに早く片付けたのはそれなりの理由があってのこと。5月の頭に何年かぶりにベルリンへ、帰ってきたらおそらく一年以上かかりそうな次の写真集?の出版に向けて本格的に作業を開始する。とにかく一つのことにしか集中できない質なので、身辺を早いうちに整理しておきたかった。
何かベルリンへの旅がその作業の序曲となりそうな予感がしている、その旅から始まりそうな。そこで何を思うか及びもつかないが、とにかく写真集自体がそのたびから始まりそうなとでも。


ベルリンから帰ったら種を蒔こうと思っている。京王デパートの屋上で買ってきた、色々試した経験をもとに確実に育つものを。元は雑草か野生の植物だったのだろうが何世紀もかけて改良されてきたに違いない、あの小さな粒から約束どおり別々の花や野菜が育つ様を思うと、この当たり前のことにまたまた感動。

土起こし、種まきを考えていたら「石川君」を思い出してしまった。

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
じっと手を見る

2008/04/23

ねこに


桜が散ってリンゴの花が咲き出した。芝刈り機のエンジンもやっとかかって、曇天のなか急いで刈りこみを始めた、雨後の湿った雑草、刃切れが悪いが、又降ってきそうだし。終わってみると緑のじゅうたんを敷いたみたい、それに緑の匂い、気持ちがいい。これで残すは畑の土起こしだけ、春の庭仕事の山場、ちなみに昨年は4月の16日に終わっている。ちょっとブログでチェック、なんと便利なことか、おまけに去年の今日当たりの写真を見ると、桜もリンゴも新緑の葉で覆われている。今年は随分遅れていることになる。何といっても、あの立派な楓がなくなったので、そこだけ大きな穴が開いたようで寂しい限りだ。地球温暖化で暑くなると思ったら大間違い。ヨーロッパは解けた氷河の影響で今より寒くなると何処かに書いてあったが、その辺の関係はよく分からない。


決行日は日曜日、とにかくこの作業は毎年「その日」を決めてかかることにしている。今夜など芝刈りをしただけで足腰がだるいが、土起こしはその比ではない。光明にも声をかけ、一気にやってしまおうという、そんな決心を要するさぎょうなのだ。本物の百姓(NHKの差別用語かも?)にはとてもなれない。日曜には隣のおばあさんから、ハンガリーの親戚に送る家族写真を撮ってくれとも言われている。こちらはパノラマ・パナで朝飯前だ、きっと。


芝刈りを終わって、ソバ茶など飲みながらゆっくりしていると見知らぬ猫が、でも入り口辺りで僕を認めて動かなくなった。腰を下ろして危険度のチェックだろうか、こちらも腰を下ろして手招きをしたらゆっくりと近づいてきた。彼も刈ったばかりの芝に満足気味、あくびしたり回転したりと、でも数分居ただけでまた帰っていった。まったく振り向きもしない、未練などまったくなしといった風情。その後姿を追いながらついつい思ってしまった。あー、猫になりたい、いろんなことを振りかえることもない、過去も未来ももたない(きっと)猫に、と。

2008/04/21

けはい


こんな写真はデジカメでないと撮れないのかもしれない、強烈な太陽にわき目ではなく真正面から挑んだ。一眼レフなどの説明書に確か、そんなことをしてはいけない、シャッター幕が壊れるとか書いてあったような記憶もあるが、まったくの誤解かもしれない。機械とか物理に(も)弱いので、頓珍漢なこと言ってる恐れありだが、とにかく、驚きっぱなしの、感動体験は続く。世界とか自然とかいってるけど、すべてこの方のお陰というか、言いなりというか、神様やグルよりもっと上、支配者の頂点にたつ、まさに天長様だ。こいつ様がヘソまげたら、神もへったくれもない。

天長様のお恵みを満身にうけ庭の雑草も花盛り、でも、義母の「もう刈る頃の目」が気になって落ち着かない。と言うわけで今年初の芝刈り、その前にちょっと一枚、毎年同じことをしているようだが、それでも今年から世界が広がった、ワイドになった。地下から芝刈り機を取り出して、でもやっぱり予想どおり、エンジンが掛からない、例年のことだ。まずはプラグをチェック、新しいガソリン入れて、何度も紐を引っ張って、それでかかるはず。しかしプラグがビクともしない、金槌で叩いているうちに先がポロリ、何とか取れたが、芝刈り機用のプラグがなかなか見つからない、車用とは違うということを知らなかった。やっと見つけた小さな店、先客ありで、店員一人、待てど暮らせど終わらない。雲行きもあやしくなりだしてイライラ、でも、ちょっと、と言えない。若夫婦らしき客、どうやらホンダの芝刈り機に興味津々、店員はプラグをぶらぶらさせる僕に目配りはするが、行動に繋がらない。大きな魚が釣れるかもしれない、浮きがビクビク、その場を離れるわけにはいかぬ。やっと手に入れて車に戻る頃には太陽よりも強い雲様の涙。タンポポ延命、全ての運命は偶然にもてあそばされている。(この言い回し、ちょっとおかしい気もする、こうして時々日本語を忘れてしまう)


この辺は、あっち側へ抜ける入り口がありそうな気配のするところだ。アトリエへの通り道だが、ここで信号を待っているといつもそんな予感に襲われる。陸に上がったボートも奇妙な風景だが、ネオンの椰子も怪しい、「魔的な閾(いき)の存在する…」とはきっとこんな場所のことを言うのかもしれない。

2008/04/20

いわし


にしんといわしの違いがよく分からない、ネットで調べてもだ。ドイツ語でもSARDELLEとSARDINEと似ている。いずれにしろ両方とも我が家の貴重な食材、すっきりしたいものだが、いわしはにしん科とあるので、親戚と言うか似ていることには違いない。全て俄か知識だが、鰯と漢字で書く。弱い魚だからと言うことらしいが、魚辺のつく漢字は見ているだけで飽きない。誰が考えたのか、一番先に使ったのか気になるところだ。

ちょっとにしんより小ぶりなので面倒、でも今日は日曜日、思い切って味醂干し作りと決めた。前回買ってきた、何というのかこれは?スッキリしない、とにかくハエよけネットも初仕事、こんな便利なものが、と感動、このところ感動することが多すぎる?春の麗かな陽光を浴びて最高の成仏だろうと、冷凍遺体、いわしの身にもなってみた。
少し目を細めて眺めると、前方後円墳にも見えるか。どんなに楽しくても、墓や成仏などと、ついつい死の世界へ行ってしまう。でも、春ほど死を想うのに一番の季節もなかろうかとも思っている。


2008/04/19

そう、何処か

ここ数日ブログの調子が悪い、画像がうまくup出来なかったり、フォントも指定以外のものが表示されたり、簡単で便利なのだが大組織の無料ブログ、苦情の あて先などない、まったくお手上だ。コピーも一時とったりしたが、かなり面倒なので止めてしまった。つまり、この「苦労」して書き続けている恥事も、あっ という間にこの世から消えるかもしれない、そして誰にも責任追求が出来ない。まー、「恥の書き捨て」と言うぐらいだから、これも本望かとも思うが。でも、 突然消えたらちょっと惜しいきもする。


さて、春もたけなわ、夢の時間を過ごしている。おそらく一年で一番好きな一週間と言えるかもしれない。灰色の世界が、まるで早回しの映画のように数日間のうちに豹変する。 何かここではない何処か、そこへと思っている世界はきっと一年中こんな感じかも、でもそこには時間の概念など存在しないか。とにかく、夢のような世界だから、この世と同じようでは面白くない。


決してパナソニックのデジタルカメラのせいで、こんなに赤いわけではない。これが本当の色、サクラでもフジでもコダックでもない色、でもこうして再現した時点でさしづめLEICAレンズが捕らえたsRGB IEC色ということになるか、何しろフィルムがどんどんなくなる時勢だから、日本人の心の故郷を模した風情ある名前などつけようがない。とにかく、こうして後になって書きながら、つべこべ考える訳だが、この赤を見たときは、ただただ自然の創造力に脱帽するしかなかった、感動ものだ。

度あるごとに書いているが、同時に二つのことが出来ない。朝から晩まで?注文仕事(お客様は神様??)の数々をこなし、夜は夜で仕事兼酒飲みと忙しく、しかもこれを土、日除いて?毎日続けている東京のある人とはえらい違い(笑い)。

でも、やっと夏の展覧会の準備もほぼ完了、おまけに雑誌掲載の原稿も完了と、一気に肩の荷が下りたような気分もあって、裏山辺りを散歩した。これが又、見事と言うか、とにかく申し分ない大道具舞台、元気素オゾンが充満している。こんな所に突然現れた…、そしていつまでも末永く幸せに過ごしましたと、さ。なんて童謡の世界を想像しながら歩いたのに…、出会ったのは山中にある自然の池にあそぶ鴨5羽、ちょっと現実に引きずり戻された感ありだったが、この一番好きな一週間の、「何処か」にふさわしい光景でもあった、かも。



2008/04/13

おもいで

光明の27歳誕生日、丁度一年前の今頃彼は家を出て、まだ大学生の恋人と二人で借りたアパートでの生活を始めた。昨日は15人の友人をアパートに招待して二人で料理を作って、楽しいひと時を過ごしたと言う。今日は祖母を訪ねてきた。時々こうして年老いた祖母と話をするために二人で出かけてくる。

丁度、30年前の今頃、僕と彼女は日本訪問中だった。僕27歳、彼女は24歳、知り合ってからまだ2ヶ月と経っていなかった。そして6月に伊豆で結婚した。まだ学生だった彼女と写真屋の売り子の仕事を辞めて無職だった僕は、彼女の家、つまり今住んでいる家で義母との3人での生活を始めた。


帰り際、誕生日の記念にと二人の写真を撮った。地球の表面をスキャンしてそれを画像にするためのソフトの開発に携わっている、らしい。大学を出てから、一切の経済援助をしていないし、それを要求されたこともない。そして、40過ぎるまで実家から「送金」してもらっていた自分…。

二人の写真を撮りながら、つい同じ年頃だった自分たちの春を思い出していた、ぼくらだってその頃は幸せだったんだと、でもどうして…。どうしてを引きずって今日の日まで来てしまった、振り返ることが人生になってしまった、今生きていることが幸せなことかどうか正直なところ分からない。
この夏、二人を日本に招待する約束をした。

2008/04/12

宇宙


ニュースと眠れぬ夜の誘眠映像として以外、ほとんどテレビなど見ることもないが、昨夜はプリントの水洗完了を待っている間にちょっとつけてみた。宇宙の話、その誕生と死、要するに現世日常生活も謎だらけだが、この宇宙の謎は桁違いと言うか。一応外見は自分と同じような一人の人間が理論を積み重ねてその途方もない謎に迫っていく映像を見ながら、自分のお頭と何処が違うのだろうかと、変なところに関心しっぱなし。恥ずかしいいまさらの認知かも知れないが、宇宙は無限に広がっている、何処まで「行って」も終わりがないという言葉に感動した。間違って理解したのかもしれないが。昨日今日のことで、この夜桜を見ていたら、そんな宇宙の無限、純黒の世界に想いがとんだ。