2008/10/26

死の季節


ほぼ全快したと思っていた矢先にまた咳が、腰痛が戻ってきた、本当に老後のことが……
医者に行けばいいのにと言われるが、腰が重い。完全復帰にはなりそうもないが久しぶりの記帳。その間いろいろなことが内、外で起こった。話題性からいうと、まずケルンテン州知事が酒気帯び運転で事故死、1.8ml/Lと泥酔状態、極右翼派の党首でもあり、この10月に行われた総選挙でも不死鳥のごとくよみがえったばかり。今回初めてオーストリアでは16歳から選挙権が与えられその成り行き、結果が高い関心を呼んだ。グラーツで行われた検死結果に不満な家族は再度スイスかイタリアでの検死を計画しているという。享年58歳、ほぼ同じ時間を生きてきたわけだ。
かつてのウイーン市長の急死、人気市長だっただけにそれなりに話題になった。そして隣のお爺さんもつい先日亡くなった。ちょうど眠れぬ世を過ごした早朝、コンスティーの墓越しに救急車が停まっているのを見かけた。まだ日の明けぬ6時頃か、隣家で救急事態が起きたことは確かだったが、親しいわけでもないのであえて聞くこともなかったのだが、その数日後亡くなったらしい。心筋梗塞、垣根のこちら側に卵やカボチャやケーキの入った袋をつるし渡しをしてくれたのも彼だった。義母が親戚の所に移ってからも何度も見舞いの声をかけてくれた。いつも垣根越え、夏には壊れた鉄網をすべて直して、それ以来鶏の夫婦の越境訪問もなくなった。

今日から冬時間に変わった、確実に昼が短くなって、暗い日々の到来、内的な仕事に集中すには最適なころとなりつつあると言えるかもしれない。考えてみると、これまで写真集の制作を始めたのは例外なく終秋から冬にかけてのことだった。この時期、死や死にまつわることに最もふさわしい季節なのかもしれない。

2008/10/14

十四夜

2008/10/06

あきばれ




2008/10/02

かみかくし

風邪の9月だった。今回の風邪はかなりしつこく一か月あまりも何となく力の入らない日々が続いた。それに加えて激動とは言わないまでも家の環境変化で、それに合わせて様々な要件を一つ一つ処理しなければならなかった。

10月に入って、なんとか臭覚ももどりつつあり風邪も去ったような気分がするが、でももうちょっとだ。カメラ・オーストリアの展覧会準備や暗室作業やらとやっと芸の世界に戻りつつあるのも事実、明日は友人のブック・プレゼンテーションでウイーンにでかけるし、土曜には州の秋の文化フェスティバルの開幕と同時にカメラ・オーストリアでの展示もオープン、ドイツからコレクターも訪ねてくる。


今回の展示はウイーンの作家、ELKE KRYSTUFEK、アクション、ペイント、写真、映像と彼女の活動は多方面にわたっている。昨年ウイーン芸術大学の教授職を辞めて仕事に専念する38歳。彼女も目下かつての契約ギャラリーと裁判中だという。内容はお決まりの…。本当に作家がギャラリーに訴えられるという話を聞いたことがない。いかなる事情があるにせよ、作家なしではギャラリーは存在しないという当たり前のことを肝に銘じてほしいものだ。


来年のヴェネチア・ビエンナーレのオーストリア出品作家でもある彼女の今回の展示のタイトルは『幸福の担当』、カメラ・オーストリアが「写真」のみにこだわらず、ヴィデオやインスタレーション、ペインティングなども含めた表現の発表の場でもある一例だ。

2008/09/19

てんか




2008/09/18

あきけい


秋にふさわしい風景、でも風景だけで寒いのなんのって。夜になると家の中にいても足元から冷えこんでくる。セントラル・ヒーティングを入れれば済むことだが、そうは簡単にいかない。何しろ昨年と比べて50パーセントも灯油の値段が上がったし、9月から暖房なんてことも記憶にない、ここはちょっと我慢。というところで思いついたのが暖炉、昔つかったこともあったがいつの間にか片づけて地下に放置してあった。場所をとるという理由だったがそのころは灯油も安かった。思いついたら待ってられない、早速地下でさがしあてたが何度も浸水にあったおかげで、足元は錆びているしEMAIL(エナメル)塗装も傷ついたり、ドアは開かないし諦めた。設置場所の寸法を測って、ネットで店をさがして手頃な品をと出かけたが、合うものがまったくない、仕方なくこれも直ぐ諦めた。ついでに錆び落としやエナメル修理剤やボディーを直すねりものなど買って帰った。それから半日かかってなんとか見栄えも元通り、錆びも落として色塗りしたし、立派に使えそうな気配、しかし重くて一人では何ともしようがない。明日、光明に手伝ってもらう約束をとった。

義母の調子も平行線、この数日間に彼女の持ち物は一切この家から無くなった。親戚が何度も出かけてきて、いるものいらないもの全てもっていった。でも、94歳の彼女の持ち物、全財産の少なさにも驚いた。素晴らしいことに違いない、もし彼女が不自由していなかったのなら。僕も本当にあやかりたいものだ。この一年捨てる作業をしてきたがそれでもまだまだ無駄物がいっぱいある。

明日ははたして暖炉の試運転までこぎつけるかどうか。いずれにしろ家全体を温かくするのは無理だが、ちょうど今のような時期、秋から冬にかけてつなぎの暖をとるためには一番便利で安上がり、それに自然の火の暖は本当にまろやかで温かい。やかんちりちり、立ち登る湯気をわき目にミカンを…
前世のことだろうか、伊豆の冬の一日を思い出してしまった。

2008/09/15

がいらい


にわかに動きつつある、芸術の秋の話。突然、色々な所とか人から連絡が入るようになった、一様に夏の長期バカンスから帰ってきて一息付いたという出だしから始まる。当然日本では聞きなれない言葉と想像するが。やっぱり、四季折々で気分を新たにという気配が電話やメールの向こうに感じられて、ヨーロッパに住みながら日本的な生活というか、一年中しまりのない生活をしている身としては、そろそろこのヨーロッパ的生活に切り替えるべきだろうかと思った。何しろ敬老祝い?の言葉を生まれて初めて貰ったし、自覚はまったくないけど、老いがそこまで…と思うと、それなりに豊かな生活をしてみたくなるのも人情。

いぶし銀のような、とかを目指して切磋琢磨すれば老いなど怖くない!ただし、裏山の錆びたナイフになる可能性も十分あるわけだし予断禁物だが。

畑といえば、何とかナメクジの猛襲に耐えてたった一本生き残った北海道が今頃花を咲かせ、実をつけだした、どう考えても遅すぎる。もうちょっと自然を考慮して育ってほしい、結局スーパーで立派な北海道を買ってきた、「Hokkaido」(ホッケイドー)といえば誰でも知っている。

行きつけの文房具専門店になんと食べ物が、真新しいスタンドに幾種類もの小袋入りのお菓子、しかもレジの前に。今やSPAR(食品スーパー・マーケット)でコンピューターが買える時代だから、さして驚くべきことでもないが、そこに「Japan Mix」なる割れオカキが置いてあった。値段もお手ごろ、早速2袋買った。中国製だったら無条件で買わなかっただろうが、この論理で行くとお気に入りの中華にも行けなくなるか?
オランダ製、味もオランダ製キッコーマン風、似て非なるものとはまさにこのオカキ。

2008/09/14

つぎからつぎへと…


雨がシトシト日曜日、カラスの遠鳴が静寂を破る。さて今日は、と予定表を一見、いつも寝床で「明日する事」をメモする習慣がある。暗室準備、フィルム現像準備、23日写真UPなどと書かれている。まずは昨日の「作品」チェック、ちょっと体裁悪いが、早速の雨テストには合格したしあとは風に耐えるかどうか。



これまた久しぶりに聖域暗室へ、50x60cmの貴重なアグファの印画紙が入っている段ボールの底が濡れているのを発見!ありえない、屋根裏の床に水が溜まっている。水道系は乾いているし、これは屋根の雨漏りしかないというのが順当な考え、早速煙突掃除用の小窓からのぞいたらそれらしき箇所をすぐに発見した、原因がわかっただけでも一安心だが、さて職人を頼まなければならないのかと、またまた壊れの年の日々が頭をよぎる。
雨でぬれているので十分注意しながら梯子を伸ばして、至近距離観察、やっぱりこれだ、瓦石綿板がずれて、下地の板が見える。登るのは危ない、ここから落ちたら、キュキュウ車、冗談言ってられない。とにかく、土、日のアマチュア家庭作業での事故が健康保険局の財政圧迫の大きな要因になっているらしい。屋根から落ちたり、指を切断したり、ハチに刺されたりと、丁度裏手の山の奥が総合病院、土、日になると必ず一回はヘリコプターがいつも同じ方向に飛んでいく。
どうして屋根板がずれたのか不思議だが、とりあえず棒で元に戻すことに成功、これで何とかしばらくは大丈夫だろう。


これが午前の出来事、午後には歌舞伎町のフィルム現像でもしてみようかというかなり意欲的な気分、やっぱり涼しくなってきて脳エンジンの回転もスムーズになってきたのかもしれない。東京発ヒントの生姜汁に楓シロップをたっぷり入れて飲んだ、なにかのどが気持よく焼けそうな感覚、臭覚回復まであと一歩。

2008/09/13

グッドバイ


節目の一日もあっという間だったし、とにかく日々がすっ飛び足で過ぎていく。いつになったら一息つけるのか?同時進行が不得手、まずは何とか家の片づけを終了したいのだが次から次へとすることが発生する。と言っても、住みやすくするための些細な工夫こしらえなどだから仕方のないこと。

今日は温度が一気に10度も下がった、いよいよ夏の粘りもこれまでかといった感じで肌寒い。いつ霜が降りるかわからないし、これは急いでということで、シソや春菊の植わっている辺りに仮の温室を作った。本来ならゆっくり秋から冬に向かって季節の野菜を楽しめるはずなのに、この辺は夏が終わると一気に朝夕の冷え込みも厳しくなり、ほぼすべての野菜類は秋の末を待たずに全滅する。今までは遠慮してなすがままだったが、温室効果が本当にあるのか調べてみたくなったし、もはや誰も気にすることもなくなったしというわけで、東京土産のノコギリノの初仕事となった。


同時進行で家中の棚の奥まで総チェック、色んなすっかり忘れていたものが出てくる、出てくる。これもその一つ、捨てようかどうか迷ったがかわいいパンダに泣きつかれた。ちゃんと磨いて生き返ったパンダで来年の夏はかき氷だ。


メキシコから11月にワークショップに来てくれとまたメールがあった。一度実現寸前で断ったおりに秋にでもと話してあったのだが、本当に再度催促があるとは思っていなかった。正直言ってあまり乗り気ではないので、返事も伸ばしのばしになっている。どうやら11月には忙しくなるような気配もあるし…

そうそう、今日はロンドンのリエコさんが帰国の途に就いた。これでまた一人去った、ロンドンも近いわけではないが、それでもヨーロッパ、何か仲間が遠くへ行ってしまったようなちょっと寂しい感じ。旅立つというか次の活動圏を目指して巣立ったというほうが彼女にはピッタリするかも。

2008/09/09

つれづれ


ほぼ2か月ぶりにカメラ・オーストリアのオフィスに出かけた、ちょっとした調べ事と東京報告を兼ねて。女性ばかりが6人、カメラ・オーストリアの伝統ともいえるが、男がスタッフとして働いていたことはこの30年間でほんのわずかな期間しかなかった。「女帝」の存在とうまく織の合う男がいないからだろうか、発足メンバーで残っているのは僕も含めて3人、女帝以外は男二人、お互いに歳をとってきたし、後継者のことも考えなければならない昨今、僕の相棒もこの夏病気で5キロもやせたらしいし、最近楽しい話題に乏しい。

老いとか曲がり角は突然やってきてそのまま一気に、なんてことになっているのかもしれないと最近つくづく思う。決して我が身に覚えのあるような現象は、風邪をこじらせている程度で、幸いまだ実感として起きてないと思うが、友人仲間から明るい話を聞くことがどんどん少なくなっていく感じ、ちょっと寂しい。

「健康な精神は健康な肉体?に」とか、嫌いな言葉だが、どうやらそれなりに正しい見解かも知れぬと思ったりする。今、抹茶飴をなめながら臭覚機能をチェックしているところだが、ほんの少しづつ回復しているような気配、病みあがりの勢いにのって来るべき一年に向かって晴れ晴れとスタートといきたいところだ。
少しだけ節目に賭けてみようかと思った一日。