2,3日書かないと滑り出しがうまくいかない。ウイーン「出張」も全ての予定をこなし帰ってきた。行きつけのラボでは何点かカラープリントを作成、全てに一応満足、一昔のことを思うと考えられないこと。カラーはほぼポジフィルムで撮るので紙焼きに苦労していた。表現の最終目標が写真集というか印刷物だったのでポジが便利なことと、整理の場所を取らないという理由だった。ポジを一度ネガに焼き直しそのネガからRosiが引き伸ばす。中間ネガという工程が増えるのでピントが甘くなったり、色再現に限界があった。しかし2年ほど前から思い切って別のプリント技法に変えた。そもそもの理由は中間ネガ用のフィルムの製造が中止されたからだが、返ってそのために決心がついた。新しい技法をラボの主人に何度か勧められていたがずっと拒否してきた、長年僕のプリントをしてきたRosiに申し訳ないという気持ちもあったが、出来上がりを比べると、やはり手焼きのプリントにある「深み」というかアウラがなくなるという印象があったからだ。この印象は新しい技法になってからからも消えることはない、慣れるしかない。30数種もある写真のプリント仕上げ仕様でももっぱら白黒はgelatin silver print、カラーはType C printの2種類、技術的な方面に一切関心がない。新しい技法もそれが従来のType C printであることを理解するのに時間が掛かった。スライドをスキャンしてデジタル露光された印画紙を「普通」の現像液で処理する、手焼きの引き伸ばしに使う紙とまったく同じものを使う。要するに出来上がったものはType C printというわけだ。フィルムの傷や引き伸ばし時の汚れなど一切なし、まるで印刷物の用でもあり、その完璧性にある種の不満があるが、写真表現は産業、経済界の影響をもろに受ける、手作りで古い技法を再現することも可能だが、その辺に興味がない者としては時代の波に乗っていくしかない。
友人のモニカ女史の家に泊まる、僕のウイーン定宿。彼女も料理が大好き、今回は簡単な「すき焼き」、これまで色々作ってきたがすき焼きは初めて、鍋と包丁を持参してまさに出張料理。この夏彼女も自宅の大改造をしたばかり、台所は彼女の希望で特大、客室も以前の2倍の広さ、まさに僕にためにと思うほど、一番驚いたのは入り口ドアを開けると壁全面が鏡ということだ。全身が写る、醜さも美しさも全て、心の中まで写っているようで落ち着かない、自分が他人に見える、そんな不思議な体験だった。




















