2007/10/12

type c

2,3日書かないと滑り出しがうまくいかない。ウイーン「出張」も全ての予定をこなし帰ってきた。行きつけのラボでは何点かカラープリントを作成、全てに一応満足、一昔のことを思うと考えられないこと。カラーはほぼポジフィルムで撮るので紙焼きに苦労していた。表現の最終目標が写真集というか印刷物だったのでポジが便利なことと、整理の場所を取らないという理由だった。ポジを一度ネガに焼き直しそのネガからRosiが引き伸ばす。中間ネガという工程が増えるのでピントが甘くなったり、色再現に限界があった。しかし2年ほど前から思い切って別のプリント技法に変えた。そもそもの理由は中間ネガ用のフィルムの製造が中止されたからだが、返ってそのために決心がついた。新しい技法をラボの主人に何度か勧められていたがずっと拒否してきた、長年僕のプリントをしてきたRosiに申し訳ないという気持ちもあったが、出来上がりを比べると、やはり手焼きのプリントにある「深み」というかアウラがなくなるという印象があったからだ。この印象は新しい技法になってからからも消えることはない、慣れるしかない。30数種もある写真のプリント仕上げ仕様でももっぱら白黒はgelatin silver print、カラーはType C printの2種類、技術的な方面に一切関心がない。新しい技法もそれが従来のType C printであることを理解するのに時間が掛かった。スライドをスキャンしてデジタル露光された印画紙を「普通」の現像液で処理する、手焼きの引き伸ばしに使う紙とまったく同じものを使う。要するに出来上がったものはType C printというわけだ。フィルムの傷や引き伸ばし時の汚れなど一切なし、まるで印刷物の用でもあり、その完璧性にある種の不満があるが、写真表現は産業、経済界の影響をもろに受ける、手作りで古い技法を再現することも可能だが、その辺に興味がない者としては時代の波に乗っていくしかない。


友人のモニカ女史の家に泊まる、僕のウイーン定宿。彼女も料理が大好き、今回は簡単な「すき焼き」、これまで色々作ってきたがすき焼きは初めて、鍋と包丁を持参してまさに出張料理。この夏彼女も自宅の大改造をしたばかり、台所は彼女の希望で特大、客室も以前の2倍の広さ、まさに僕にためにと思うほど、一番驚いたのは入り口ドアを開けると壁全面が鏡ということだ。全身が写る、醜さも美しさも全て、心の中まで写っているようで落ち着かない、自分が他人に見える、そんな不思議な体験だった。

2007/10/09

高揚:こうよう

まったく説得力のある説明、地下排水管の工事は保障の対象外、ほんのかすかな望みはあったもののこれで蹴りがついた、早速工事会社に発注依頼。いよいよ今週末には庭の木を切らなければならいだろう。明日から2日ばかりウイーン、銀塩写真が姿を消すようにグラーツのラボもほとんどつぶれてしまった。という訳で200キロ離れたウイーンまで出かけなければならない、でも展覧会を見たり友人に会うのも楽しみ。ついでにコレクターと収集作品の最終決定相談をする予定。無職故、生活不安定この上ない状態、もっと積極的に「営業」をしなければとは思うのだが持って生まれた何とかやらで、この方面はまったくダメ。一応オーストリアでは造形芸術家という「職業」を持っている。これは国の審査で取得しなければならないが、最初の審査で落ちた。「誰でも撮れるような唯の写真、芸術家として認められない」というのが理由だった。これもまったく説得力のある説明、早速友人にその旨伝えた、数日後には謝りと訂正の通知があった。所詮人が審査するもの、関係者の周辺に友人一人いれば全てがうまく収まるという例だ。しかしこの名誉ある職業もその専門職での収入が少ないと資格を失なってしまう。本職で収入の大半を計上しないといけない。今まで一応この危機に陥ったことはないが綱渡り的な生活に変わりない、と話が飛んでしまった。


査定人がさっさと帰ってから屋根裏部屋にちょっと、大方片付けはすんだがそのためか重油暖房の煙突上部の壁が変色して膨らんでいるのに気づく。そのうち壁がどっさり崩れるに違いない。屋根葺きと煙突のつなぎ目から雨が漏るのが唯一の原因、まさかとは思ったが、どうしてこうも立て続けに全てが壊れてしまうのだろうかとため息。まったく思いもつかなかった所、本当に脚をすくわれる思いだ。初めて屋根裏天窓から出てみた、命綱をしようか迷ったがそのまま恐る恐るよじ登った。やっぱりつなぎ目のモルタルに亀裂が入っている、それもかなりひどい状態。その足でセメントと砂を買いに、早速修理に掛かったものの足元がおぼつかない。でもここから落ちても、これなら保険の対象になることは確かかと思うと妙な安心感、ただし命あってのことだが。子供の頃からコンクリートとかセメントには縁が深かったし「造形芸術家」にとって作業自体は容易いもの、あっという間に終了。日常写真家の常備品カメラを取り出して初の屋根上からの眺めを撮り収めた。紅葉の一番進んでいる余命短し木の晴れ姿をしっかりと記録しておいた。写真は怖い。

2007/10/08

gute zusammenarbeit:ににんさんきゃく

今日は一日中何処にも出かけなかった、昼の中華以外は。急遽あるリストを作らなければならなくなったのがその理由、2,3日余裕はあるというが直ぐやらないと気が済まない質。でもこの質で色んなことに失敗してきた。昨日は光明のアパートの大工作業、ドライバー一つすらないと言うのでたまっていた些細な作業を一気に。昼は彼の作ったカレーをご馳走になる。帰り際母の命日であると、そして墓参りにと一言、それ以上話すこともなく結局一人で出かけた。誰も訪れた様子はなかった。墓前に立っても特別な感情などわいてこない。22年という歳月もあろうが、何処に居ようとも離れることの(出来)ない関係が続いているためだろう。墓参りなんかしなくてもという気分。部屋をどのように模様替えしようとアトリエを持とうと、多くのものを捨てようと、つまるところ彼女の息の掛かったものが所有物の大半を占めていることに気づく。これからどんどん捨てていってやがて自分もすてて、それでも残っているのが彼女だろう。どうやら分の悪い役をまわされたようだ。時々本当に心底から、自由に風に吹かれて飛んでいきたいと願うのだが…。


墓前の祈願もまったく通じた気配なし、このリスト作りでも結局一日中再会を余儀なくせざるを得なかった。時々何処かに居なくなった彼女を探すのに時間が掛かった。さて、明日はいよいよ本格的に保険会社の査定官めいた者が訪ねてくる予定。義母と再度「事実の統一」確認をしたものの、はたしてどうなるか。

2007/10/07

sontag am 7. oktober

2007/10/06

夜息


2007/10/05

風情


落葉をゆっくり楽しむ余裕もない。そういう気分ではないというのではなく、ちょっと重なったなと思うと直ぐに消えるからだ。scheinheiligという言葉を彼女に対して「彼女」は昔使っていた。何処まで意味を拡大解釈できるか知らないが、まさに善人、善良市民としてこれまでやってきた人、畑で枯れゆくトマトやナスもいつの間にか根こそぎ消えてしまった、工事に追われていたこともあってちょっと油断していたら…。とにかく「綺麗」に、他人様が見ても恥ずかしくないようにしておかないとというやつ、家の中でも外でも何でも片付けてしまう、紅葉や枯れゆく花々を楽しむということはないのだろうか。こちらは庭の一年の変わりようを写真に収めようと思っていたのに。何度かその旨話したがしばらくたつと忘れるらしい、長い年月を掛けてつくりあげてきた「日課」がか、昔はよくこんな「些細」なことで口論したものだが、この数年来まったくない、あきらめてしまった。という訳で鬼の居ぬ間にという例の作戦で対処するしかない。


何でもそうだが道具は一番大事。いい道具あってこそいいものが出来る、もちろんそれを使う技術がなければ持ち腐れ。カンナにしろノコギリにしろノミまで日本の物を使っている。当然こちらにもあるのだが押しなべて「大味」、細かい作業にはあまり向いていないし何といっても使いづらいというのが理由だ。ノコギリは引くのではなく押して切る、カンナも同様押す、手前に引いたほうがコントロールしやすいのにと思うのだが、もしかしたら腕の長さに関係があるのかもしれない。さくさくと一引きごとに気持ちよく切り込んでいく、トウヒ新木の香りがひろがる、忙しない感情に一時の癒し。「木目」にあたらなくてよかった。

2007/10/04

happy home


「整理」する目的には幾つかあるが、物を捨てるか否か迷うときちょっと死のあとのことを考えてしまう癖がついてしまった。各部屋のハードが一応完成して週末からソフトの本格的な整理に掛かるつもりだが、まだハード思考が抜けきらない。何処に何を置くか、8年ほど前から始めたコンピューターへの資料の取り込みなども未整理のまま続けてきた、スッキリさせたいのだが何処から手をつけたらいいのか。デスクトップとノートブックにあるものは重複して、あるものは別々、アトリエで必要になったデータが家だったりと面倒くさい事が起こりつつある。そして突然襲ってくる「一体何のために?」という恐ろしい問い。模様替えで乗り越えようと思っていたが癒えるまでにはまだまだ時間が掛かりそう。加害者と被害者の一人二役に疲れたのか。表層的な感情理解に留まり、被害者であるという安全圏に引き篭もり、その行為が同時に加害者にも成りうることを悟らないもの。いったいどちらが哲学的に本物の「悪」か?布地や糸など買いに行く店の前の看板、ちょっとした直しなど自分でしてしまう。「TOYOTA」という電動ミシンも結構楽しく使っている。料理も好きだしミシンも好きだし整理もしかり、これなら一人でと思いきや、そう簡単にいかないのが人生。「HAPPY HOME」を見つけることはありそうもないという、この確信。死やそのあとに思いを馳る作業への切り替えが始まる、そんな時期になりつつあることを自然も告げている。



2007/10/03

near-miss

2007/10/02

にわとり

こんなに仲のいい鶏に出会ったことがない!時々夕方になると姿を見かけることは今までもあったが、最近頻繁に訪ねて来るようになった。隣家の老夫婦がそのうち名前か何か判明しかねる声を発すると、いそいそと共に帰っていく、老夫婦もなす術がないようだ。すっかり錆びてしまった土地区分け用の網の何処かに穴が開いているのだろう、あちこちに小枝や鉄棒でふさいだ跡があるが、それでも突然現れる、それも必ず二羽で。鶏同士が意思疎通を操る生き物とは思ってもいなかった。「ココ」、「クク」とか微妙に変わった声を発しているのは観察できるが、「右」とか「左」とか言っているのだろうか、庭中何処に行こうが離れることがない。訪問当初は近づくと中飛び格好で逃げ回ったものだが、最近慣れてきたのかカメラを向けても無視、「ケケ」とか言っている。サラダとかキャベツとかおいしい物が食べ放題、隣に行けば…、と思っているのに違いない。その代わりと言ってはだが、こちらもお返しをしてもらっている。時々垣根にビニール袋がつる下がっている、新鮮な卵だ、そして殻はまたビニール袋に入れて返す。何とすばらしいことか!老夫婦と会話をすることも顔を合わすこともほとんどないというのに鶏のもつ縁というか。男と女なのか、それとも女同士なのか、微妙な動きから察するに男と女の関係と見たが、卵のために飼っているのなら「無駄」なことではないかと。ちょっと気になるところだ。

2007/10/01

朝、保険会社の担当者が来た。契約内容のネックは建物の内側で起こった人身事故、災害、破損などに対して保障がされているということ。水害も水道管が漏れて起きた場合とか、「予想外」の大雨で家の中の何かが壊れたときのみ有効だという。義母は最初から諦めている様子、あまり話さないようにと事前打ち合わせ。ちょっと驚いたことに息子が一緒についてきた、彼も会社員だという、全国的に名の知れた大きな保険会社なのに息子が親父と一緒に働いている。やはりちょっと不思議な感じがしたが、親父の隣で静かに我々の話を聞いている。工事の費用によっては全額とはいかないが幾らか払う用意があるという。意外な柔軟性と思った矢先、車の保険、旅行保険も一括セットで新たに契約しないか、と。エビで鯛をつるというやつ、水害の話はそっちのけでカバンからパンフレッドの束を出して、矢継ぎ早の洗脳作戦、あれよあれよともっていかれる。短大時代、危なくブリタニカ百科事典家庭訪問販売のアルバイトをしそうになった経験があるから手口がよく分かる。まずは派遣員の洗脳から始まったのだが、明日から実践というところで止めた、要するに悪徳商売そのもの。義母によると、もう何十年も保険金を払っているらしいが、記憶にあるのは友人がスケートで歯を折ったとき、1978年の冬、家での事故として保障してもらったこと(詐欺)と2年前の芝刈機の修理ぐらいだ。十分儲かっているはず、でも息子には勝てそうだが親父は手ごわい。人生の、もだがおよそ駆け引きの下手な僕としては、ちょっと冷静に作戦を考えなければなるまい。デジタルといえば、今や作品用ばかりではない、日常生活の必備品でもある。今朝、さっとプリントした先日の浸水写真、8月浸水写真をじっくり見て、それで事実を十分把握、地下に行く必要はないといって二人は帰ってしまった。という訳で、少しづつ「大工事」日が近づいている。あとは見積もりのコピーを保険会社に送り、おまけに現行の車の保険契約書のコピーも、それとなく解約して新たにという匂いをつけておかなければ。

保険屋の後は、屋根裏からのプリントやフレームなどのアトリエ移動、今更ながら紙の重さに驚く。棚にとりあえず置いて見たが、よくもこんな量がと驚く。内容確認や整理はこれから、作ったばかりのテーブルで一つ箱を開けてみた。この広々とした感覚!ルイス・ボルツの『Nevada』、1977年の写真が2枚、フォン・クベルタの写真が2枚、いずれも昔昔本人からもらったもの、すっかり忘れていただけに驚き喜ぶ。『AMS』、1980年作のビンテージ・プリントもどっさり出てきた。「昔」と何も違和感なく言えるような歳になったということだ、若者に無い特権か、8mmフィルムにせよ新しい場所で古いものにもう一度光を当てる、「新作」に思いを馳せるより心ときめく事が起こりそうな予感。