2009/01/14

constant winter

最近頻繁に夢を見る。もちろんつじつまの合わない時間列もめちゃくちゃなものがほとんど、それもおおかた起きた直後に忘れる、でも、夢の発端は必ずいつか体験したことから、すっかり忘れていたと思っていたことが突如夢に出てくる、記憶から消えていたというのにこのからだの脳のどこかに置き去りにされてきた、不思議なことだ。


家中水びたしになっている夢で起こされた、ベットの脇の時計が5時半を示していた。夢は蛇口が唸っているような現実か夢か分からない丁度中間辺りに差しかかっていた。高血圧の得意技、ガバッと起きて急いで風呂に、そして台所に、もちろんなんでもなかった。というか昨日の解凍作戦では成功しなかった*台所の蛇口からチョロチョロと水が流れいている、やったぁー!再凍結を避けるために風呂、トイレの蛇口を少しだけ、丁度水の糸ができるぐらい緩めて寝た、この糸が夢の誘発剤となったのに違いない。これでやっと解凍作戦の終結。

* 台所への給水管は垂直管、余計なことで遅くなってしまった青年がさっさと「装置」を片づけて帰ってしまったため解凍時間不十分だったのだろう、昨夜は水が出なかった。


しかし、冬は続く。出ないという水難が終わったと思ったら今度は雪だ、早朝というのに妙に明るい気配でブラインドを上げたらやっぱり。しばらくその静寂の動に感動していたが、いろいろと労働恐怖症候群に悩む人間の悲しさか、すぐさま雪かきのことで現実に戻される、絶対詩人などにはなれそうもない。

2009/01/13

hin und her 2.

光明は一週間前からマドリッド、火星探索駆動車に取り付ける目(カメラ)の操作ソフトのシュミレーションをしているらしい。何年後か知らないが有人飛行時に持ち運ぶ車のプロトタイプだとそっけなく言っていた。かたや水道管が凍ってにっちもさっちもいかない我が家、ちょっと何か間違っているんじゃないの、といいたくなる。


出た!なくなってからその貴重さに気づくのは親だけじゃない。やっと午後2時にやはり青年が現れた、既に状況を詳しく説明してあったのに解凍用の「装置」を忘れたという、まったくあいた口がふさがらない。会社にUターン、戻ってくるまで一時間半、およそ装置などとは言えない古ぼけた物体、要するに白熱電球の仕掛けと同じ、光を出すコイルの部分が水道管ということで、凍結したと思われる部分をはさんで管を熱するという、言われてみれば簡単な仕組み。でも、電流の流れを示すメーターがビクともしない。何度も管を磨いたり電極をつけ直したり、それで一時間。装置そのものが壊れているのだろうと提言、電極を解体させて奇麗にしたらメーターがいっきに振れた。そして、熱伝導開始から何と2分もたたないうちに……

火星有人飛行の可能性も水の存在にかかわっているらしい。skype中にマドリッドの装置の写真でも撮って見せてくれと頼んだが絶対ダメとの一言、親に隠すこともあるんだ、となんとなく納得。時代物の解凍装置の写真を撮るのをすっかり忘れてしまった。

下界ではソ連がガスの栓を閉めたり開けたり、また閉めたりと騒がしい。プーチン雷帝の恒例悪戯が始まると、冬も本格的になったなぁーと妙に納得。

2009/01/12

hin und her


夜が明けた、今日は月曜日、さてどうしよう……
とりあえずUFO無効果報告と今後のことで近所の職人宅に電話を入れるが不通、朝早いし、あまりしつこくつきまとうのも気が引けるなぁーと思いつつ相手の出るのを待っていたが、まさにその瞬間、電光石火、家の光!そうだ保険屋があった。水=保険屋だったことをすっかり忘れていた。とにかく当たってみようということで、この家の担当者の携帯に直接電話した。感触好し、一度親父と家に来たこともある新米青年、早速契約関係会社に連絡をとり修理の手配をするとの返事。これが朝の8時半、そしていま午後5時、今更驚きはしないがお決まりのhin und her(行ったり来たり)で一向にラチがあかない。


家を留守にはできないし(今日あたり光明が義母のクリスマスプレゼント用にAmazonで注文した電気毛布?の類が配達されそうな気配濃厚)、料理もままならずとあって残るはひとつ、水不要冷凍食品。中にチーズの入ったとんかつ風、写真がウソか中身がうそか、偽像表示?か偽造とんかつか、まー、写真より実物がおいしそうなんて冷凍食品はないが、それでもひどすぎる。すい臓にわるそー、と思いつつ食べてしまった。


やっと6時前にサービス店から電話があった。今日は無理、明日のいつか分からないが直前に電話を入れるとのこと。あちこちで給水管凍結や破裂が発生しているらしい、そんなに寒くもないしちょっと意外、でも仲間がいるのかと思うと妙にうれしくなった、いやな性格。

納税用の書類作りもhin und her、なにしろ2年前のもの、あるべきものが見つからない、電話が鳴る、石炭がきれた。明日に希望をつないで、我慢がまん。家に使われているというべきか、家のこもりというか、冬の一軒家の一人住まいも大変、やっと「解放」されたと思っていたのにどうやらこの家には引き留める力、それとも追い出そうとする霊力が宿っているのかもしれない。

2009/01/11

maybe/vielleicht

予感的中、ちょっと甘かったな。どうして昨夜風呂の蛇口をちょっと開けておかなかったのかと悔やまれる。今朝からまったくの水なし!まさかと思ったが既におそし。またまた地下の給水タンクのチェック、地下の洗濯場の水が出た、理論的にはそこまでの一メーター余りの管は凍っていないということだ。早速websiteで「給水管凍結」を調べた、もちろん「Wasserleitung eingefroren」と打ち込んで。色々答えがありすぎて要を得ないということで、壊れの時代にお世話になった近くに住む職人のところに電話、決まって日曜とか祭日で気が引けたがやむを得ない。


流石その道のプロ、さっと一回りして配管が凍っているあたりの室を温めるのが唯一の解決策という。でもよりによってそこは暖房ボイラー用の灯油タンク室、そんな物騒なところでヒーター点けても大丈夫かと念を押したが、「多分」問題ない「だろう」という。2000リッター余りの油が入っているタンクの脇で、と思っただけで背筋が寒くなったが仕方ない、選択余地なし。久しく使ったことのない、これも博物館行き寸前といったヒーターを探してきて、まさにUFOヒーティングの始動。それから10分おきぐらいに様子を見に、とにかく部屋にいても全く落ち着かない。タンクが爆発したときの状況が何度も思い浮かぶ。


午後3時、もう4時間以上もヒーターを回しっぱなしだが、水は出てこない、でも予想通りだ。いったん凍った管の中の水がUFOヒーターぐらいで簡単に溶けるなんて思っていなかったからだ。寒と暖、相対する二極のあいだで納税書類の整理をしている。


ヒーターを点けてからかれこれ12時間、でも一粒の涙もでない!泣きたくなる。一日中一旦外に出て地下に行ってUFOをチェックしてまた戻るの繰り返し、悪質インフレンザが流行りつつあるとのニュース、要注意だ。夜中中つけておくわけにもいかないのでスイッチを切った。これでこの12時間の試みも水の泡、台所と風呂場の行来から地下の洗濯場までと遠くなった、明日はどうなるか、隣の家に水もらい?ブログの種にはもってこいだが、ちょっと冗談言ってる場合じゃなくなりつつある。

2009/01/10

surface tension


顔が突っ張るほどキリキリ状態ではないが寒いことには変わりない、でも極寒というほどでもない。部屋の中といえば23度、少し気を緩めるとついついうとうとしてしまうぐらい快適だ。

毎朝起きてまずはお茶というのが習慣、今日もいつものように湯沸かし器に水をと思いきやうんともすんとも云わない!あわてて風呂やトイレを調べたが問題はなかった、つまり台所への給水管が凍ったというわけだ。地下に行って調べてみたが漏水も異常も発見できなかった。基本的に給水管というのは壁などに埋めてはならないのだが...... とくに厳寒の土地では禁物、外気と触れている壁の中で管が凍ってしまうからだ。しばらく零下の日が続くとの予想、壁の中の管を温める方法などあるわけがなく、今更云十年前の素人手造りの家に苦情をいっても仕方ない。というわけでしばらく料理の規模を縮小、風呂と台所を行ったり来たりすることになる。しかし、毎年このぐらいの寒さにはなるし、水が出なくなったというような記憶もないのだが。

もしかしたら新年早々「壊れの病」が再発?いやーな予感が当たらないことを祈るばかりだ。

2009/01/09

imagine


さむーい!
ただし外の話、昼どきでもマイナス10度、義母が結婚祝いに手に入れたというBOSCHの冷蔵庫は昨年半ば以来その活動を停止、今では庭の片隅に放置されている。自然がこの異物をいかに飲み込むのかちょっと見守ってやろうと思ったからだ。今日、その表面が結晶で覆われているのを発見、まるで菌のinvasionといった様相、やがて消えさるnature artの美しさ、nature imaginationの素晴らしさにしばし見とれてしまった。


2009/01/08

still alive


多分4年ぶりのZagreb、古い友人を訪ねた。2ヶ月ほど前にスイスに住む彼の妹から電話があった、「どうにかして兄が病院へ行くように仕向けてほしい」。人知れぬ家族の愛憎劇にはついに身内でさえお手上げになってしまうような事もおこる、身内だからこそともいえるが。どうして彼が毎日一本(700ml)のシュナップス(果樹から作る焼酎でアルコール度が50パーセント前後)をあけるようになったのか詳しくは知らない、でも男が酒におぼれるのに多くの理由は要らない。70歳を目の前にして、己の人生が結局失敗劇だったことを悟った。心奥深く暗いところに淀む無念と諦念の情を麻痺癒するための酒、これが究極の理由ではなかったのかと思う。


ユーゴスラヴィア時代に数々の名作を残した写真家を叔父に持ち、本人もその影響か写真家として自立すること目指しながら叔父の遺品管理もしてきた。ブレッソンの時代と重なる叔父の写真群は今貴重なドキュメントとして評価されつつあり昨年ザグレブ市が全作品と2万枚ともいわれるネガを高額で買い取ったという。やっと叔父の檻から解放されたという空無感、ユーゴ戦争では何人もの親友達の裏切りを体験し、独立したクロアチアでは大統領から知人の建設会社の、隣のデザイン事務所の社長までもが汚職成金、金時計をちらつかせながら風を切るようにメインストリートを闊歩する、教会は悪魔治世者と結託し神への絶対忠誠を強制する、白昼路上ではマファイの死刑銃殺事件……


研いた包丁、自動炊飯器、米や味噌や豆腐を持参した。日本食でも作ってやろうと思ったからだ。夕食の食材を求めてZagrebの中央市場に出かけた、真冬とあって出店も少なく活気もなく、人も野菜や果物も半分凍りついたような風景、隣接する期待の魚売り場も休日あけで入荷が少ないらしく閑散としていた。それでも一回りして大きなイカをいっぱい買った、刺身が最高だがそこは抑えて90秒揚げのイカ天を作った。ほの甘く、柔らかく至上の味、なんと言っても新鮮な素材に限る、揚げのコツを教授しながら彼の笑顔を誘った。




肝臓が相当へたっているらしいとしか言わない。190cmもある大男のくるぶしあたりが紫に膨れあがっているのを認めた、でもそのことを話題にするような雰囲気ではない、古い友にも触れられたくないことがあるのだ。台所に立つその背に萎えた命の形を見たような寂しさを覚えた。静かに、静かにそっとしておいてくれ。

2009/01/03

alive

最近頻繁に餌の補充をしている。辺り一面雪と氷、土も凍っていて餌にありつけない野鳥にとっては厳しい季節だろう。昔はこんな世界の出来事など一切関心外だったが、やっぱり年齢を重ねてここまで来ると、自然と自然に心が向いていくのかもしれない。

この餌の家は2代目、好都合にも藪木が一本あるので、鳥にとっては最高の安全地帯ということだろう、ある一定の時間になると雀が何十羽も集まる。それに混じってシジュウカラも何羽か寄ってくる。この季節になるとどこのスーパーマーケットでも鳥の餌を売っているのだが、今回初めて別種のものを買ってみたらクロウタドリも立ち寄るようになった。トリにも好き嫌いがあるのかと、またまた小さなことに感動、でもまだまだ望遠レンズをつけて鳥を撮るまで年齢はとってない!


いったいどこで鳥は死ぬのだろうかと考えた。孵化したばかりの幼鳥が巣から落ちて死んでいるのは時々見かけるが、成鳥では桜の木の下でうつ伏せになった、それは奇麗なキツツキの死体をみたことがたった一度あるだけだ。ふっと、こんなことが頭を過る、やっぱり年齢とったのかなぁ。

2009/01/02

エゴエコ

世界の経済システムなど詳しく知らないがとにかくこれから世界中が深刻な不景気になる、すでになっているらしいということは知っている。具体的に僕の生活に影響を及ぼすのか分からないが、きっとないだろう。今までだって、そんな枠組みの中で収入が左右されたことはなかったと思っている。アメリカ産の「破綻」でグラーツでも多くの人が自動車組み立て職を失ったらしいし、その人たちにはちょっと申し訳ない気もするが、とにかくこのアメリカ中心の支配者利益追求型のエゴ・グローバル経済支配システムがこの際徹底的に崩壊することを密かに願っている。


ブレーキの修理ですっかりお得意様になってしまった修理工場にでかけた。正月連休などない国、普通に開いていたが、修理中らしき車は見当たらなかった。では、その間数人の従業員を抱えた工場では何をしているのだろうか?
そう、答えは趣味のモデル作り。皆でやすりをかけたりつぎはぎを溶接したり、それは楽しそうにしていた。これは60年代製のベンツのオープンカー、数ヶ月前には骨皮筋衛門、おまけに骨はあちこち折れてるし、皮も錆びがまわってボロボロ状態だった。本当にこんなミイラがまた生き返るのだろうかと興味津々だったが、なんとすでに心臓移植が完了していた。とにかく外見は鉄の塊には違いないが、人間のものを作るという能力には無条件で感動してしまった。一体誰が・・・、と自分の車のことはしばし忘れて見入ってしまったが、辺りに散らかる部品の山を眺めながら、本当にすべてが何かの役にたって絶対必要であって、一つ残らずこのミイラの体内におさまってしまうのだろうかと思わずにはいれなかった。つっけんどんな態度の社長だが、ミイラ蘇生にパンマーを振る姿を見ているとまるで子供のよう、ほほえみすら沸いてきた。なにかいいものを見たようなささやかな喜びを味わった。ちなみに修理代は210ユーロ(約27000円)、産めよ増やせよで作りすぎて売れなくなった新車のおかげで、修理工場は逆に繁盛するかもしれない。


これから2月にかけて本格的な冬の到来、池のコイどこでなにしてるのかな?

2009/01/01

ふろふき?


さて、去年の今日は何を?なんて思いながらこの便利なブログを遡ってみた。デジタルデータなので質感がないというか、まるで時間の経過を感じさせない。体調やその時の気分すら写ってしまう筆跡もなければ写真の褪色もない。なんとも味気ない感じである。たとえば90になって読み返してもまるで昨日の書き込みのように見えるのだろうか、末恐ろしいことだと思う。

丁度今84,85年ごろの書き物を調べたり翻訳したり整理したりしているが、タイプ打ちした彼女の手紙を読むと、「あー、あの赤いオリベッティのタイプライターで書いたんだなー」なんてすぐに思い出すし、打ち間違いの個所や活字の濃さから、力がこもった、しいては願いのこもった言葉などとも想像できて、一枚の便箋が意味することの深さに驚いている。タイプライターですらこんな感じ、直筆の書き物には怨念や無念の涙さえも写り込んでいる。

味気ないと言えば、一年前には納税書類に追われていたことがわかった。今年は一体どうしたのだろうかと首をかしげてしまったが、要するに必要なことには変わりなく、まったく忘れていたということらしい。

グラーツの駅まで出かけた。ネットで事前に営業中であることを確認して行ったのに入口のドアに張り紙、今日は閉まっていると。全くふざけている、入口に張り紙とは如何なる意味があるのか?だ。当然ドアは開かないのだし、中の照明は消えているのだし、張り紙がなくても閉まっているのはわかる。わざわざ調べて遠くから出かけて来た人にどう釈明するのだろうか。というわけで元旦のスタンプ(といってもただの一月一日の日付)のためにと思った、このささやかな心づかいもあっさりと断ち切られてしまった。もっとも、味気ないコンピューター日付で、もうあの丸い打ち込みスタンプなど使ってないのかもしれないが。

何となく車が重いと感じなが駅から戻ってきた。予感があって4か所のブレーキ盤にちょっと触れてみたら、やっぱり。左前のブレーキ盤が焼けるように熱かった。この寒さで作動部分の辺りの水分が凍って、そのうち鉄板が焼きついて元に戻らなくなってしまったのだろう。分かっただけでも素晴らしいことだ、中古車を持っていると色々故障に詳しくなる!

初裏切りと初故障の話、とにかくこれからしばらく2009年初事がつづくが、初いいこともいくつかあったことを書きくわえておこう。

今年は再び黄泉への旅も始まる。