
多分4年ぶりのZagreb、古い友人を訪ねた。2ヶ月ほど前にスイスに住む彼の妹から電話があった、「どうにかして兄が病院へ行くように仕向けてほしい」。人知れぬ家族の愛憎劇にはついに身内でさえお手上げになってしまうような事もおこる、身内だからこそともいえるが。どうして彼が毎日一本(700ml)のシュナップス(果樹から作る焼酎でアルコール度が50パーセント前後)をあけるようになったのか詳しくは知らない、でも男が酒におぼれるのに多くの理由は要らない。70歳を目の前にして、己の人生が結局失敗劇だったことを悟った。心奥深く暗いところに淀む無念と諦念の情を麻痺癒するための酒、これが究極の理由ではなかったのかと思う。

ユーゴスラヴィア時代に数々の名作を残した写真家を叔父に持ち、本人もその影響か写真家として自立すること目指しながら叔父の遺品管理もしてきた。ブレッソンの時代と重なる叔父の写真群は今貴重なドキュメントとして評価されつつあり昨年ザグレブ市が全作品と2万枚ともいわれるネガを高額で買い取ったという。やっと叔父の檻から解放されたという空無感、ユーゴ戦争では何人もの親友達の裏切りを体験し、独立したクロアチアでは大統領から知人の建設会社の、隣のデザイン事務所の社長までもが汚職成金、金時計をちらつかせながら風を切るようにメインストリートを闊歩する、教会は悪魔治世者と結託し神への絶対忠誠を強制する、白昼路上ではマファイの死刑銃殺事件……

研いた包丁、自動炊飯器、米や味噌や豆腐を持参した。日本食でも作ってやろうと思ったからだ。夕食の食材を求めてZagrebの中央市場に出かけた、真冬とあって出店も少なく活気もなく、人も野菜や果物も半分凍りついたような風景、隣接する期待の魚売り場も休日あけで入荷が少ないらしく閑散としていた。それでも一回りして大きなイカをいっぱい買った、刺身が最高だがそこは抑えて90秒揚げのイカ天を作った。ほの甘く、柔らかく至上の味、なんと言っても新鮮な素材に限る、揚げのコツを教授しながら彼の笑顔を誘った。


肝臓が相当へたっているらしいとしか言わない。190cmもある大男のくるぶしあたりが紫に膨れあがっているのを認めた、でもそのことを話題にするような雰囲気ではない、古い友にも触れられたくないことがあるのだ。台所に立つその背に萎えた命の形を見たような寂しさを覚えた。静かに、静かにそっとしておいてくれ。